― 闇が隠してくれるから ―
(1)









「君、やる気がないみたいだな・・・。」
「ん?・・・う〜ん、そういう訳じゃねーんだけど・・・腹一杯でもう、眠いっていうかさ・・・。」
「食後に一局と君が言うから、僕も食後の団欒を早々に切り上げてだな、こうして君と打つことにしたんだぞ?・・・それを、そんな半分つぶれた目で、今にも碁盤に突っ伏しそうじゃないか!?大体、君が調子に乗り過ぎて底なしに食べるから・・・あれじゃあ、胃に全ての血液が集中して、打つどころじゃないだろうがっ!?」

 アキラの怒りも、もっともかもしれない。
 塔矢夫妻が久しぶりに帰国して、長く日本に滞在している間のことだ―――






 両親が帰国するとアキラは途端に親孝行ぶりを発揮して、夕飯は必ず家で、外泊なんか心配かけるだけだと絶対にしようとしない。ヒカルにしてみれば、そういう親を大事にするところが嫌いではないが、必然的に自分との時間が削られることになるのが、それだけが厭なのだった。
 今夜も最初は自分のマンションに泊まって行けというヒカルに、アキラは素っ気無く振り切って碁会所から帰ろうとするから、カチンと来てつい言ってしまった。

「今夜は俺の方がお前んちに泊まる!塔矢先生が居てもいいやっ!」
「父が何の関係があるんだ?それに勝手に泊まるとか言われても、母に訊ねてみないと・・・・。」
「別にお前の部屋に泊まらせてもらえればいいんだからさ。もてなしてくれって言ってる訳じゃねーんだから、いちいち訊ねるもんなの?」
「・・・わかったよ。付いて来ればいいさ。じゃあ食事も僕のうちでするんだな?だったら矢張り電話だけはしておくよ。」

 アキラは拗ねているのがありありとわかるヒカルに向かって、溜息をかろうじて抑えつつ告げた。
 それを聞いて、ヒカルの機嫌は途端に直る。

「お前んちに泊まるのってさ、もしかしたら初めてっ!?・・・ああ、そうだよ〜、最近はいっつも碁会所か俺んちで打ってるもんな〜、遊びに行ったことは・・・そうそう新年会とかお月見とかに呼んで貰った時ばっかでさ、いっぱい人がいて泊まれなかったもんな〜!」

 突然の思い付きではあったが、アキラのうちに泊まれると思うと何だかワクワクして来ないでもない。
 アキラの父に会うことになるのは佐為のこともあって気が進まないのだが、こうしてアキラと一緒に居続ける限りはいつまでも避けていられるものでもないし、今日に限ってはアキラと離れたくない気持ちの方が勝っていた。

「・・・あ、でも一つだけ約束してくれよ。そのぉ・・・ただ、泊まるだけだぞ?」
「え?・・・ああ、そっか。つまりエッチはなしってこと?」
「そういうことをハッキリ口にするなっ!!どこで誰が聞いてるかわからないのに!」
「わーかったてば・・・ホント、お前って恥ずかしがり屋だなあ・・・。」
「だ、誰が恥ずかしいがり屋だっ!そういう問題じゃないだろう・・・いいか!?父と母が居るんだから、節度を保ってくれよ。でなければ、出入り禁止にするからな?」

 はいはいと適当に相槌を打つヒカルに、アキラは一抹の不安を感じないでもなかったが・・・・・。

 結局、二人は連れ立ってアキラの両親が待つ家に帰り、久しぶりの塔矢一家全員プラス一人の夕食に臨んだのだった。






 ヒカルは終始真面目にしていた、とアキラも評価した。
 失礼のない程度に陽気に振舞い、アキラの母をして「進藤君がいると家が明るくなっていいわぁ!」とまで言わしめたくらいだ。アキラの母は、ヒカルを気に入っているらしい。
 今夜の献立はアキラ母が皮から手作りしたという水餃子がメインで、他にもアキラ母が中国でシェフに習って来た中華風の料理が並んでいて、ヒカルが美味いを連発しながら平らげていくのがまたアキラ母の声をオクターブ上げさせていた。

「アキラさんも主人も、このくらい盛大に誉めながら食べてくれればもっと嬉しいのにねぇ!?」
「でも中華は向こうで食べ飽きてるんじゃないの?僕はいいけど、お父さんは・・・。」
「・・・アキラ。いいんだ。確かにホテル住まいの頃はどうしても中華続きで辟易したが・・・今は家を借りたのでお母さんがいつも日本食を作ってくれるんでね、日本に帰って来たからどうしても日本食でなくてはという気持ちでもないんだよ。・・・ほら、アキラも折角なんだから進藤君に負けないくらい、たくさん食べなさい。少し、痩せたんじゃないか?」

 ヒカルはあの塔矢先生でも、こんな風に家族の中ではごく普通の父親をしているんだなと、今までは大勢の中でわからなかったアキラ父の姿に、ちょっとした感慨を覚えていた。
 佐為のことがあるばかりに、今まで近くで感じようとしなかったアキラの父としての、自分の好きな相手の家族としての塔矢行洋に触れることが出来て、嬉しくもある。
 楽しい時間を過ごして、お酒も高級紹興酒などを少しいただいて(未成年なので、大目にみてもらい)、すっかり上機嫌のヒカルに引っ張られて自室に戻ると、早速打ち出したのだが・・・・。






「ああっ!もう駄目だ〜投了〜っ!!・・・・ちょっと横にならせて?」
「あっ!こら、進藤、乱暴にするなっ!・・・・もう・・・・結局こうなるんだからな・・・・。」

 碁盤を両手で乱したかと思うとゴロンと横になったヒカルを、アキラもどうしようもなく見下ろすだけだった。

 碁石と碁盤を片付けて、アキラも一息ついてヒカルの横に座る。
 見下ろすヒカルは、無邪気な様子で寝息まで立て始めている。
 アキラは、出逢った頃に比べたら信じられない程シャープになった顎のラインだとか、理想的な厚みと幅のある唇だとか、意外に長くて密集している睫だとか―――十代最後に形作られた、ヒカルの顔をじっと見た。

 もっと近くで見詰めたくなって、顔をヒカルの真上に持って来ると、自分の体がその顔に影を作ったのがわかった。
 煌々とした電灯の灯りから隠されたヒカルの顔は、また違った趣をたたえ、自分の作り出した薄暗がりの中で息をする彼の様子を、アキラはまだ見続けていた。

 すると、アキラの中にヒカルに対する愛おしさが蘇って来て、そんな自分を持て余しそうになる。



 ―――この顔が、どうしてだか、僕は凄く好きなんだ。

 表情が豊かで、見飽きない。

 いつもは馬鹿みたいに緊張感がないくせに、対局になると別人のように真剣な雰囲気を漂わせるから、こちらまで居ずまいを正したくなる。

 客観的に見ても、はっきりしたいい顔立ちだとは思うけれど、こんなにも惹かれるのは・・・・眩しくて目が離せないと心臓が駆け足になるのは・・・・惚れた欲目なのだろうかと、アキラは苦笑する。

 このまま見詰めていたら、さっき自分でヒカルに誓わせた約束を、当の自分が破って何かをし出かしてしまいそうで、取り敢えず視線を逸らしてみると、まだ片付け忘れて碁石が一つ目に入った。

「進藤がぐしゃっとするからだ・・・・全く・・・・。」

 呟きながらそれを拾った時、ヒカルの寝息が一層大きくなり、殆ど鼾の域に達した。それを耳にして、アキラは不意にイタズラをしたくなる。

 「うるさい鼻はこうしちゃえ・・・・。」

 ヒカルの鼻のてっぺんに、碁石をぎゅっと押し付ける。

フンッゴッ!!・・・・ゴゴッ・・・・。」
「ククク・・・・プッ・・・・ヨダレまでたらして、間抜けな顔だな、進藤め・・・・ふふふ・・・・。」



 今度はその碁石を人差し指と親指で摘むと、ヒカルの口の端から零れたものを、そっと掬うようにしてみた。・・・・碁石が、思ったよりもたくさんの唾液で濡れて、光を放つ。

 自分は何をしているんだろうなぁ・・・・碁石でイタズラするなんて、うんと小さい頃でもしなかったのに?

 でもどうしてもこれだけは我慢出来なくて、アキラはその碁石をそっと自分の唇に押し当てた。ヒカルに直に口付けられなくても、こうして間接キスくらいなら許されるだろうか・・・・。

 そっと、その石を舌先に乗せてみる―――ヒンヤリとして、ただ無機質な感触があるだけだ―――



 人は、一つ悪いことを覚えると、どんどん抑制がきかなくなる。

 今度はその石を口の中でゆっくりねぶるように転がしながら、アキラは自分の口内の熱を石に移して、瞳はしっかりとヒカルを捉えて―――まるでヒカルと深いキスに溺れているかのような、甘い錯覚に陥っていた・・・・。



 ・・・・進藤、進藤、進藤、しんどー、シ、ン、ドー・・・・
 
 どうして、君は、僕の前で、そんな風に、僕をほったらかして、寝ていられるんだ・・・・

 アキラの口内で、碁石が徐々にその温度を上げ、ヒカルと一緒になって夢中で学んだ新しい舌の使い方で、それを弄ぶ。

 脳裏に、ヒカルとの欲望と愛情に満ちた、キスの記憶がリプレイされる。

 ・・・・僕は、僕は、ボクハイマ、キミト、キミト、キ、ミ、ト・・・・アアアァ・・・・!!・・・・






 親が居る時に彼を泊めたりなどしなければ良かったと、アキラが後悔に歯噛みをしながら、虚しく碁石を吐き出したその時―――

 タイミング良く戸の向こうから、入ってもいいかと声がした。

 一気に現実へとアキラを引き戻させる、母の優しい声だった。

 アキラの罪に濡れた碁石は、そっと手で拭われて・・・・やがて、碁笥の中の多くの石に紛れてしまった―――






「まあまあ、進藤君ったら!ほほほ・・・豪快に食べて、豪快に寝て、こういうのも可愛いわねぇ、アキラさん?」
「進藤のこと可愛いなんていうの、お母さんだけだよ。碁会所で打った時は僕が負けたから、今度は雪辱しようと思ってたのに、これじゃ意味ないしっ!・・・今夜はもう使いものにならないな・・・・。」
「アキラさんったら、進藤君をまるで自分専用の碁打ちマシンみたいな言い方して。失礼な子ね?ふふふ・・・・でも二人が仲良しさんで、お母さんも嬉しいわ。」

 母の口振りが本当に幸せそうに聞こえて、アキラは僅かながら罪悪感を感じる。



 ―――自分と、進藤ヒカルの本当の関係を知ったら、母はどうなるだろう・・・・驚いて、それから嘆いて、悲しんで、怒って、それから・・・・その先を考えるのが、まるで『この世の終わり』を想像してみろと言われているかのようで、アキラは思考をそこで停止させるしかなかった。



「二人でお風呂に入ってもらって、その間にお布団を敷いてあげようかしらと思ったんだけど。これじゃ、お風呂どころではないわね?」
「そうだね。・・・あ、でもお布団は自分達で敷くから、お母さんはもう寝ていいよ。進藤だって、そのうちお手洗いか何かで起きると思うし。そしたら適当にやるから。」
「そう?じゃあ、新しい枕カバーとシーツだけ置いていくわね。進藤君に使ってあげて。・・・ああ、それから・・・・進藤君が寝てるなら、これだけちょっと言っておこうかしら・・・・。」

 母がアキラの顔を真っ直ぐに見て、少しだけ微笑んでから切り出した。

「あなた、中国で孫先生のお嬢さんにお会いしたの、覚えているかしら?ほら、一緒に天安門広場とか案内してくれて、マッサージにも連れて行ってくれたでしょ?」
「ああ、あのお嬢さん?そりゃ覚えてるよ。だって、僕、彼女と一局打ったもん。んー、なかなかいい筋をしていたけど・・・・でも確か大学生だったよね。」
「そうっ!覚えていたの!?あなたのことだから、女性にはちっとも関心がないのかとちょっと心配だったんだけど・・・・それがね、とってもいいお嬢さんで、最近もお会いしたんだけど何とね、日本に留学したいから一度こちらに遊びにいらっしゃるんですって!アキラさんのことも覚えていて、是非またお会いしたいんですってよっ!」
「・・・お母さん、それはそんなに興奮する話なの?」

 アキラが何となく流れ的に厭な予感がすると思いつつ、訊ねた。

「だって!本当に、本当に、いいお嬢さんなのよっ!おば様、お疲れでしょう?なんて言って、マッサージしてくれるの・・・・あ、ちゃんと日本語でよ。それがとてもお上手で・・・・日本語もマッサージもってことね・・・・天にも昇るほど気持ち良くて・・・・って、あらあら、そういう話じゃないのよ。つまりね、そのくらい周りの人に心配りの出来るいいお嬢さんで、私もあなたがああいうお嬢さんとお付き合いしてくれたら、どんなに安心かと・・・・。」

 やっぱりそういう類の話かと、アキラは心の中だけで溜息を付く。

「お母さん、以前も言ったかもしれないけど、僕は今、碁のことで一杯でとても女性とお付き合いする余裕はないから。あちらだって、そういう気は全然ない筈だし。」
「それがねっ!何と嬉しいことに、あちらはどうもアキラさんのこと忘れ難くって、それで日本にも来たいみたいなのよ!・・・勿論これはご本人ではなくって、お父様の孫先生がこっそりと仰ったことなんだけど・・・・。」「お母さんっ!!進藤が起きるからっ!!・・・その話はまた後で・・・・。」

 アキラがいきなり血相を変えて大声を出すものだから、アキラの母もたじろいで、びっくりした顔のまま言葉を捜しているようだった。

「えっと・・・・御免なさい。その・・・・お母さんの声が段々大きくなるから、進藤が起きちゃうんじゃないかと思って・・・・折角寝てるからさ・・・・。」
「そうね、私ったらちょっと興奮し過ぎだったかもね。このお話はまたゆっくりしましょう。・・・でもアキラさん、あなたの声の方が大きかったわよ?お母さんもびっくりしたわ。」



 ―――だって、僕は進藤に、こんな話を聞かれたくないんです。彼にだけは、絶対に・・・・

 そう言ったら、母は怪訝な顔をするのがわかっている。いや、勿論そんな意味深なことは、実際口にはしないけれど―――






 おやすみなさいの言葉を交わしてから母が去ると、アキラはどっと疲れが全身に覆い被さって来たのを感じて、その場にへたり込んだ。

―――「風呂、入りてーな・・・・。」
「うわあぁっ!!・・・・お、驚かせるな、進藤!?」

 突然背後から聞こえて来たヒカルの声に、アキラが度肝を抜かれて座ったままの姿勢で飛び退った。

「・・・起きて・・・・たのか?・・・いつから?」

 その質問には答えないで、ヒカルがムクッと体を起こし、俯いて眠そうな目のまま、頭ををくしゃくしゃと掻いた。その仕草がいかにも寝起きのいつものヒカルで、アキラは少しだけ安心する。

 ・・・・多分、肝心のところは聞いていないだろう。ただ、自分の発した大声に目を覚ましただけなんだろう、と・・・・。

「俺、汗かいちゃった・・・・気持ちワリーから風呂入らせてもらっていい?」
「ああ、母も今それを言いに来てたんだ。急だったから着替えはないだろ?僕の新品の下着を出しとくよ。パジャマも何かあると思うし。・・・・お風呂、行って来れば?」

 アキラは別にやましいことがある訳でもないのに、何故だか早口でまくし立てる自分を可笑しく思いながら、ヒカルに喋り掛けていた。

「そういうの、おばさんに頼んでさ、一緒に入ろうぜ?」
「・・・え?一緒って・・・・僕とっ!?」
「お前・・・・俺がお前の親父さんとでも入ると思ってんのかよ?」
「だって、それはちょっと・・・・。」
「なーーーんで?いいだろ?おばさんや先生は俺達のこと、ただの友達だと思ってるんだし、男同士が一緒に入ったって全然変じゃないだろうが。」
「それはそうなんだけど・・・・。」
「別に何にもしねーよ。そういう約束だろ?さっ!行くぜ!?用意してくれよ。」

 そうじゃないんだ。君が信用出来ないんじゃなくて。

 僕が、自分に自信が持てないんだ、君と二人でお風呂なんかに入って、何も仕掛けないでいられる自信が―――



 アキラの心の叫びなど知る由もなく、ヒカルは有無をも言わさぬままアキラの腕を掴んでズンズンと歩いて行く。
 その背中を見ながら、もっと気楽に構えてただ風呂に入ってサッパリすればいいじゃないかと、アキラの中でもう一人の自分が囁いて、そしてアキラもその声に渋々従うことにした。










○●○●○










 アキラが母に着替えを頼んで浴室に入ると、一足先にヒカルは脱衣所から風呂場へと移っていた。
 湯を浴びる音が、風呂場の中から聞こえる。アキラは服を脱いで風呂場の扉に手をかけた。

 ・・・・その瞬間、ためらいが生まれた。このまま一緒に入ってもいいのだろうかと、手が止まり、立ちつくす。
 この扉の向こうにはヒカルがいて、自分を待っている。
 約束したんだから、きっと変なことにはならないだろうと信じたい。でも、ヒカルがその手の約束を破ったことは今までだってあったと思う。自分も、彼に流されやすいことを、情けないながらも自覚している。

「おお〜いっ!塔矢!いるんだろ?早く入って来いよ。何してんのぉ?」
「・・・ん、ああ・・・・。」

 ヒカルの声にびくりとして、アキラは促されるようにして扉を開けた。



「うひぃ〜、お前んちの風呂って初めて入ったけど、二人でも全然OKだな?俺んちに比べたらスゲー広いし・・・・これってジェットバスっていうの?この横の穴んとこからブクブク出てくんだろ?スイッチは・・・・これか〜?」

 はしゃいだ声を挙げて、ヒカルが湯船に入る。
 アキラは極力視線をヒカルの体からはずして、椅子にかける。手桶を使って湯船からお湯を汲み出して、体に浴びた。

「おおおぉ〜、ブクブク出て来た〜、スッゲー・・・・気持ちいい〜・・・・。」

 ふうっ・・・・と息を吐きながら、全身を湯船に預けて仰向けになるヒカルをチラと横目で見て、はっとアキラは気が付く。

「ねえ、進藤!君、ちゃんと体、洗ってから入ったのか?」
「ええ?洗ったよ〜、ココだけ・・・・。」

 そう言いつつ、ヒカルがひとさし指で湯の中の自分の股間を差した。

「えっ?じゃあ、君はソコだけ洗ったら、全身を洗う前に入ったのか?」
「俺いつもそうだよ?お前は違うんだ?」
「だって、他の人も入るんだから、先に全身を洗ってから入るのが礼儀だろうが!?」
「俺んちは今、俺一人・・・・それに・・・・。」

 ヒカルがザアーッと大きく湯を揺らしながら移動し、両手を淵にかける格好で、アキラの方に身を乗り出して来た。

「お湯ん中で、体がふにゃふにゃにあったまってからの方が、汚れもよくとれるんじゃねー?」
「僕は小さい頃からそうして来たから・・・・何だかすぐに湯に入るのは、ちょっと・・・・。」
「塔矢ってさ、最初に決められた通りに何が何でもやり通さないと駄目なタイプ?ちょっとでも順番が狂うと、その日は調子出ないとか?」

 ヒカルがちょっと意地悪そうに顔を歪めて、アキラを見る。



 昔はこんな顔をしなかったと思う。
 もっとストレートで、二人の間には発火装置でもあるかのように、容易に喧嘩の火ぶたがきられ・・・・散々怒鳴りあった後、そのまま別れたりもした。特に碁のことに関してはどちらも譲れなくてエスカレートしがちで、そのくせすぐにまた打ちたくなって・・・・。

 ところが最近、そうだ・・・・様々な葛藤を経て、二人の間にようやく恋が成立した後―――

 予想してはいたけれど、幸せだけを噛み締めて一緒にいられる季節ばかりではないと、二人とも暗黙のうちに気が付き始めていた。
 そのせいなのだろうか・・・・。
 ヒカルが時々、オトナのラインに変貌を遂げた精悍な顔に、複雑な表情をのせるようになったと、アキラは思っていた。
 それは突然現れ、そしてすぐに引いて行く。



 アキラは目を合わせないで、体を洗い始めた。タオルに、殊更ゴシゴシと泡を立てる。
 その間もヒカルの視線を感じるから、何だか落ち着かない。

「なあ、俺達ってさ、一緒に風呂入ったことって、実はあんまりねーのな?俺んちの風呂は狭いしさ・・・・旅行に行ったこともねーし・・・・何か風呂場でお前を見るのって、新鮮だなぁ・・・・。」

 アキラは無視したまま、体を洗い出した。こころもち、体をヒカルから隠すような角度に座り直す。
 自分ばかり見られるのが、たまらない。でも、ヒカルを見ることはもっと、危険だ。

 ―――好きな人の裸を、潤んだ目を見たら、もっと落ち着かなくなるに決まっている。

「そんなにジロジロ見るな・・・・。」
「何で〜?・・・・いいじゃん、湯気の向こうに見えるお前の体って、ぼんやりしていい感じ・・・・ますます肌が白く見える・・・・。」

 声がもう、濡れていた。
 ああ・・・・どうしようと、アキラは思う。

「ちょっと待って!ねえ、俺が背中を流してやるよ・・・・そこ、座ったままでいろ。」
「別に君に洗ってもらわなくても・・・・。」
「いいからいいから、遠慮するなって!」

 湯船から上がったヒカルがアキラの背後に回りこんで、その手からタオルを奪う。アキラは、自分の背中を泡にまみれたタオルが撫でていくのを、まるでヒカルに愛撫されているかのように感じて、もっとそわそわして来る。

「塔矢・・・・背中は終わり・・・・今度はちょっと、手、貸して・・・・。」

 アキラがえっ?・・・っと、声を出す間もなく、ヒカルがしゃがんだまま、アキラの膝をぐいっと持ち上げて自分の方に回転させた。ヒカルはもう床にペタリと座り込んで、アキラの目を見ないまま、その右手を取った。

「やめろっ!進藤・・・・僕はもういいからっ!自分のことをしろ・・・・。」
「大声出すと、風呂場って案外響くんだよね・・・・窓から外に聞こえることもあるしさ・・・・。」
「くっ・・・・だか、ら・・・・もういい・・・・。」
「おとなしくしろよ・・・・ただ、手を握ってるだけじゃん?」
「だからっ!何をするんだ?」
「あのね、俺、最近マッサージ習ったの・・・・伊角さんにさ、簡単に出来るやつをちょこっとね・・・・。」
「・・・マッサージ?」
「そう・・・ほら、今、石鹸で濡れてるから丁度いいじゃん?いつかお前にしてやろうと思ってたんが役に立つ。こうしてさ、一本ずつの指の脇をだな、俺の指二本で挟んで強くしごくようにするの。」
「イタァッ!!イタッ、イタッ・・・・痛いよ進藤!?」
「痛いくらいがいいんだ!指は全身に繋がってるんだから、ここを刺激するととってもいいんだって。それに泡があって滑るから、いい方だぜ?」
「・・・あっと・・・・ううぅ〜・・・・こんなに指の脇が痛いなんて、し、知らなかった・・・・。」
「お前、自分が思ったよりも疲れてんのかもしれねーな。あんまり痛かったら、やり方変えるよ。」

 ヒカルが、アキラの指一本一本を丁寧にしごいていく。自分の人差し指と中指の間にしっかりと挟み込んで、押さえ付けて。

 人差し指・・・・中指・・・・右手から今度は左手へと・・・・

 思いもかけなかったヒカルの行動に、アキラは驚くどころか、痛みの方が勝って呻くばかりだ。こんな指へのマッサージをされたくらいで痛みにのたうつ自分が、悔しい。

 それでも・・・・時間と共に、アキラの全身の泡は消えてゆくのに、湯船に浸かってもいないのに―――体はだんだん熱を帯びて来た。

 ヒカルは指への行為を終え、手のひら全体を揉むようにしてマッサージし始めていた。親指の付け根のふくらんだ部分を、ヒカルの両の親指が押すと、アキラは又うっ・・・・と声を出す。

「お前・・・・何だかエッチの時みてーだな?その声がさ・・・・あ、眉間に皺が寄ってる・・・・そういうトコも、同じだ・・・・。」

 ヒカルが、クスリと鼻で笑った。してやったり・・・・とでも言うかのように。

「君・・・・わざとやってるな?」
「わざとって、何がわざとなの〜?意味わかんね・・・・俺はお前を気持ち良くしてやりたいだけ・・・・ホント、それだけぜ?」
「その目がもう、確信犯的だ!・・・うあっ・・・っ・・・・。」
「マッサージされてる時は、息を止めないっ!・・・・そうそう、ゆっくり呼吸して・・・・あの時みたいに・・・・。」
「馬鹿っ!もう離せ、十分だっ!」
「うん、結構あったまったろ?手だけでもさ。俺も伊角さんにやってもらった時はびっくりした。」
「君、伊角さんにこんなことしてもらったのか?」
「まあね・・・・教えてもらうには、自分を触ってもらうのが一番だろうが。・・・え、何?お前、妬いてんの?」
「またばっかなことを・・・・あっ!もう終わりだと・・・・。」
「大丈夫。手と足しか触られてねーよ。でもお前の場合は、俺に全身どこを触られたっていいだろ?これからが本番・・・・。」

 ヒカルの手が、アキラの股間に伸びた。もうそうなるのだろうと、どこかで予想していたアキラは、声を上げて正面のヒカルの両肩にしがみ付く。

「あああァ・・・・こらっ・・・・駄目だ・・・・。」
「お前、ちょっと堅くなってる・・・・あ、すぐに勃って来た・・・・。」
「言うなっ!止せっ・・・・そんなことするの・・・・。」
「おいおい、そんな声、おばさん達に聞かれちゃったら、驚かれるぜ?」
「や、めろっ!!」

 突き飛ばせばいいのに、言葉と裏腹にヒカルの肩を引き寄せて爪を立ててしまった。

「・・・じゃあ、希望通り止めてやるよ。」

 ふいとヒカルは手を止めた。そして手近にあったボトルを見ている。
 アキラは突き放された感じが何だか厭で、でもすがるのはもっと許せないから、自分を落ち着かせようと息を深く、長く、吐き出してみる。それから湯桶の中に手を入れて泡を落とした。

 その時、アキラの頭上から、湯が降り注いで髪がベッチョリと濡れた。

「うわ・・・・っ・・・・何をする!?」

 顔を手で拭いながら、叫ぶ。

「体を触らせてくれねーんだったら、髪の毛洗わせてよ。一回お前の髪を、洗ってみたかったんだよな。」

 ヒカルはシャンプーのボトルから液体を手に取ると、立ち上がってアキラの頭を洗い出した。必然的に、ヒカルの股間がアキラの前に晒されるから、アキラは俯くしかない。

「塔矢の髪って・・・・サラサラしているように見えるけど、結構一本一本しっかりしているよな?真っ直ぐで、お前自身の性格みてーだよ。・・・どう?地肌はこのくらい?強過ぎない?」
「ああ、それでいい・・・・って言うか、とっとと終わらせてくれっ!」

 アキラも、何で自分がこんなことをさせているのか訳がわからないままでいた。



 ―――どうして、こんなキワドイやりとりを続けているのだろう?

 押してくるのかと思えば、音もなく引いて行く。でも、引きっぱなしじゃない。すぐに次の波が寄せてくる―――



 ヒカルの真意はどこにあるのだろうと、アキラが訝しく思いつつも髪を洗われていると、またその指使いがとても気持ち良くて、いつから彼がこんなに優しく触れることを覚えたのだろうと思う。
 さっきの手へのマッサージもそうだったし、髪と地肌を揉む手付きも、指先からは激しいもの、性急なものは、一切感じられない。ただ、ゆっくりと、力加減を気にしながら、触れてくるのだ。

「君・・・・いつの間にこんな・・・・。」

 心の呟きが、音になって漏れた。

「え?ごめ・・・・何て言ったか、聞こえなかった・・・・。」
「いや、いいんだ・・・・なかなか上手だなと思って。」
「そ?・・・流すぞ・・・・目をつぶって・・・・。」

 アキラは言われるままに目を閉じて、またさっきのように湯が注がれるのを、身構えて待つ。

 ・・・・しばしの間が、あった。

「塔矢。お前のシャンプー姿って、別人だな。泡にまみれると、こんな奇妙な頭になるんだな〜。もちょっとこのまま、眺めてたい気分だぜ、流すの勿体ねえっ!」
「くだらないことを言うなっ!!君が流さないなら、僕が自分でやるぞっ!」
「はいはい、わかったってば!残念だけど、さよ〜なら〜別人塔矢〜・・・・。」

 何か言い返そうと口を開きかけたアキラの上に、今度こそたっぷりの湯が注がれ、言葉は遮られる。

 何度かそれが繰り返された後、アキラの洗い立ての肌が、ヒカルの前にあらわれた。

 ヒカルは思わず言葉を失い、手を止め、アキラの上気した裸身に見入る―――



「・・・ありがと・・・・じゃあ、僕は湯船に入るよ。」

 ヒカルの沈黙が怖くて、その視線から逃げるように、アキラが立ち上がる。
 そして浴槽の淵に手をかけたのと、ヒカルがアキラの体を後ろから抱き込んだのが、ほぼ同時だった。

「あっ!!こらっ、進藤!?・・・離せ、ここでは駄目だって・・・・んんン・・・・。」
「お前の体、どうしてオトコのくせにこんなに綺麗なんだよっ!?ズルイ、ズルイ、ズルイッ!!・・・・こんなんズルイよぉ・・・・。」

 二人は濡れた四肢を絡め合って、尻もちを付く格好で、ペタリと座り込んでしまう。
 ヒカルはアキラを抱きすくめたまま、その全身に手のひらを這わせ、後ろからアキラの薄い耳たぶをキュウッ・・・・と、吸い上げた。

「・・・っ!!・・・つ・・・・止せと、言ってる・・・・誰か来たら・・・・ン、どうする・・・・。」
「誰も覗いたりしねーよ・・・・お前が悲鳴上げたりとか怒鳴ったりしなきゃさ。そだろ?」
「約束が違うっ!ここをどこだと思ってるんだ・・・・同じ屋根の下に、両親がいるんだ、ぞ・・・・。」
「うん、わかってる・・・・だからご免って、思ってる・・・・おばさん、先生・・・・ホント、ご免って・・・・。」
「嘘、だ・・・・悪いなんて思ってないよ、君はっ!・・・あ、あ、あ・・・・。」



「思ってるさっ!!いっつもいっつも、塔矢のこと、好きになって御免なさいって・・・・こんなことして、御免なさいって!!・・・心ン中で思ってるんだっ!!」
「・・・!・・・・進藤・・・・。」

 思ってみなかった、ヒカルの告白だった―――



「お前にも、ご免・・・・でも、好きにさせて、この体・・・・今だけ・・・・絶対に最後まではしねーから。お前のこと、触って気持ち良くさせたいだけなんだ、本当だって、信じて?」

 矢継ぎ早に耳元で囁かれて、その間にもアキラを知り尽くしたヒカルの手は、的確に快感を与えてゆく。

 はあはあと荒々しくも切なげなヒカルの息が、アキラの濡れ髪とうなじが作り出す壮絶に色っぽい部分にかかり、合間にはヒカルの熱い舌が、髪と肌とを一緒になぶっていく。

 二人の乱れた息遣いが、浴室の中でうねるように反響して、ヒカルは自分のしていることに興奮を覚え、アキラはそんなヒカルに激しく興奮する。





―――悪いことをしている。

とてつもなく、悪いことだ。

両親がいる家で、両親が僕に愛情を注いで育ててくれたこの家で。

誰もがライバルで友達だと信じている君と。

こっそりと、快感を共有し合い、罪悪感すら媚薬にして。





「・・・も、駄目・・・・しんどー・・・・や、や、や、やだ・・・・こん、な・・・・。」
「イケばいいじゃん?出してもすぐに流してあげる・・・・何にも残んないよ・・・・俺が全部、綺麗にしてやる・・・・。」

 ヒカルの手が、アキラの為だけに動いている。

 でも、そのアキラが生み出す全身の震えだとか、抑えた喘ぎ声だとか。そんなものが、ヒカルを歓びで満たした。

「・・・お前の体から出たもんは、ここでは全部流してしまえるんだから、安心してイケよ・・・・何にも残んないって・・・・誰にもみつかんないって・・・・。」
「や・・・だ・・・っ・・・んんんー・・・・。」



 アキラがとうとう限界を超えた瞬間―――

 背後から抱いていたヒカルにもアキラの痙攣が伝わり、一緒になってその絶頂感を味わっているかのように、きつく目を閉じてアキラのうなじに噛み付いて―――必死で声を上げることを、耐えた―――






「お前・・・・泣いてんの?」
「違うっ!!・・・泣いてなんかいない・・・・。」
「ご免、約束破って・・・・でもさっき言ったことは守る!!最後まではもうしねーから・・・・俺は我慢する。」
「今更・・・・もう君は信用ならない・・・・。」

 アキラは自分で湯を何度もかぶりながら、自分の体から放たれたものと、涙とを洗い流してゆく。ヒカルも言葉通りにそれ以上はしないで、アキラの体と自分の体に湯をかける。



 何で、涙が出たのか、何の涙か、アキラにはわからなかった―――

 生理的な快感の為?・・・・それとも、感情的な昂ぶりから?

 射精の瞬間に、自分の目尻から液体がトプリと溢れ、それが暫く途切れずに流れたのを、アキラはただ感じただけだった―――



「ご免、塔矢。怒んないでよ、もう・・・・。気持ち良くなかった?」
「別に気持ち良くなりたかった訳じゃないよっ!誰がこんなことしてくれって頼んだ!?君が、君が無理やり・・・・。」
「アキラさん?どうかしたの・・・・進藤君と喧嘩でもしてるの?」



 ―――二人は凍りつく。

 アキラの母の声が、突然ドアの向こうから聞こえて、全てがフリーズした。



「アキラさん?下着とパジャマを持って来たんだけど。」
「・・・はいっ!ありがとう、お母さん!そこに置いといて・・・・。」

 アキラは急いで湯船に沈んだ。ヒカルも何故だか続いて入る。

「ありがとうございま〜すっ!今、塔矢と背中の流しっこしてたら、俺のやり方がマズイって怒られてたんです。」
「そんな風に言ってないだろ?君のお風呂の入り方が、順番が可笑しいんじゃないかとは言ったけど・・・・。」
「ほほほほ・・・相変わらずね〜、お風呂場でそんなに喧嘩してちゃ、のぼせて湯あたりしちゃうわよ?気を付けなさいね、二人とも・・・・。」

 母のコロコロと高い笑い声が遠ざかっていくのを聞きながら、二人は湯船の中で、見詰め合っていた―――



「・・・大丈夫かな、お前のお袋さん、聞こえて・・・・なかったよな?」
「だからそんなに心配になるくらいなら、最初っからあんなことをするなっ!!・・・大丈夫だよ、母は・・・・聞こえていたら、あんなに明るく笑える人じゃないさ。」

 全く、どうして自分がヒカルを安心させてやらなければいけないのかと、アキラは疲労を感じる。

「そっか、良かった〜。いくらなんでも、俺が一緒に入ってるんだから、そこのドアまで開けて踏み込まれるとは思っちゃいなかったけど。」

 ヒカルが露骨に安堵の表情を見せて、すーっとアキラの方へと近寄って来た。アキラが睨み付けても、臆さず話しかけて来る。

「なあ、俺、お前にお願いがあるんだけど。」
「・・・・何だ。変なお願いなら、絶対にきかないぞ?」
「俺、今週末には地方出張があるから、それまでの三日でいいんだけど、夜はずっとここに泊めてくんない?昼間は仕事行って、夜だけここに、お前の部屋に。」
「ええ?冗談は止せ。父も母も、暫くは日本に居るんだぞ?」
「だからだよ。俺、お前と一緒に居ても、夜は絶対にお前を気持ち良くしてやるだけで、それ以上は我慢する。・・・て言うかさ、俺、我慢っていうんじゃなくって、そうしたいんだ。最後までしなくても、塔矢を愛したい。俺なりのやり方で。」
「君の言ってることはとんでもないよっ!何考えてるんだ?」
「いいから、俺の言うこと聞いて?あのさ、最近読んだ雑誌でね・・・・。」

 アキラはヒカルが一体何を考えているのか本当にはかりかねたので、おとなしく聞くことにした。

「その雑誌に書いてあったんだけど、どっかの南の島の伝統的なSEXはさ、愛撫だけを三日も四日もやって、挿入しねーんだって!とにかく、相手の体を探り合って、気持ち良くなって、抱き合って眠るんだってさ・・・・そうやって、本当に心が通い合ってから、最後までするんだ。なあ、スゲーよなぁ?・・・夜、何日もかける前戯だよ?」
「それ読んで、俺には信じらんないと思ったよ!、だって絶対に前戯だけで止められるわけ、ねーじゃん!?繋がり合いたいと、思うじゃん?フツーはさ・・・・。」

 そこでヒカルはニヤリと笑う。アキラに同意を求める、得意のニヤリだ。

「でも今さ、お前のことイカせてみて、結構そういうのもいいかもって思った。親のことが気になるなら、最後までしたくないんなら、俺はそれでいいよ。お前に触るだけの夜をどこまでやり通せるか、チャレンジしたくなったっていうか・・・・。」
「気持ち良くなったお前を見てるだけで、俺自身も本当に幸せだって・・・・そういう愛し合い方もあるって、俺、さっき、少しはわかる感じがしたんだ。」
「・・・・君の話を聞いていると、本当にのぼせてしまいそうだ・・・・正気か?」
「うんっ!!正気も正気!!・・・ね、いいだろ〜、泊めてくれよ、絶対にぜーったいに挿れるとこまでしねーからっ!!・・・あ、俺が出そうになったら、どっかで抜いて・・・・。」
「バカッ!!もう君なんか知らないっ!先に上がるから付いて来るなっ!」

 アキラはそれ以上ヒカルの言葉を聞いていられなくて、さっさと出て行こうとする。
 どうしても、アキラにはわからない。ヒカルが何故、そんなことを恥ずかしげもなく嬉々として言えるのか。自分だったら心で思っても、決して口に出して言えないに違いない。

「とうや〜、待ってよっ!なあ、考えてくれよ、今の話〜。」

 ヒカルのすがるような情けない声に、アキラは振り返る。

「・・・進藤、いいか。ちゃんと体を洗ってから、上がって来いっ!!」






 脱衣所で着替えていたら、ヒカルの陽気なハナウタが風呂場から聞こえて来て、アキラは頭を抱えるしかなかった。

 一体、今夜はこれからどうなってしまうのだろう?

 今夜どころか、こんな危うい夜をヒカルは幾晩も続けようというのか。

 本当にのぼせて倒れてしまえたら、その方がいっそ楽かもしれないと、アキラは溜息を付いた―――










○●○●○










「塔矢・・・・もう、寝た?」

 ヒカルが、そっと囁く。
 アキラは答えようかどうか迷って、それがそのまま沈黙へと繋がる。

「・・・ねえ、ホントはさ、寝てないんだろ?・・・塔矢・・・・。」

 言葉と同時にヒカルの手が伸ばされ、震える指先がアキラの頬に触れて来た。

「塔矢、まだ怒ってんのか?機嫌、直してよ・・・・。」

 小さな声はおずおずとしていて、ヒカルの怯えを表しているかのようだ。

「ほら・・・また君は触って来るじゃないか?」
「だってそうしたい。それだけじゃ駄目なのか?・・・俺ね、お前が両親を大事にするの、スゲーわかるしそういうとこ大好きだけど・・・お前、親が日本にいる間は俺んちに泊まっていかないじゃん?別に外泊くらい全然変じゃないし、俺んちに泊まるって言ってもさ、何も怪しまれないと思うんだ。・・・ねえ?どうしてそうしてくれないんだよ?」

 ヒカルの言葉には真面目な響きがあって、アキラも指先を跳ね除けられないまま聞いていた。
 天井を見上げて、布団の中でも真っ直ぐに横たわっているアキラとは対照的に、ヒカルは少しづつ移動してアキラに近付いて来る。
 手のひらが、指先にとって変わった。
 ヒカルの手は、しっとりと汗ばんでいた。それがアキラの頬に吸い付くように乗せられる。
 アキラはビクッとしたかと思うと、首を捻ってヒカルから顔を背けた。
 すると、アキラのうなじがヒカルの前に晒されて、さっき風呂場でそこに激しく口付けていた時間が思い出されて、ヒカルは急に息苦しくなる。



「・・・やましいことがあるから、君のところには泊まれないんだ。こうして口にするのも、何だか厭だ。せめて、両親が日本にいる時期だけはずっと家にいて・・・・君のことを忘れていたい。」
「忘れられるのかよ?俺のこと忘れて・・・・さっきみたいにおばさんと、女の子の話とかするんだ?」
「聞いていたのか!?」
「聞こえたんだよ。おばさん、楽しそうに話してたよな・・・・。」
「いつから起きてたんだ!?まさかずっと・・・・。」
「お前が俺の鼻にイタズラした時からだよ。あの後・・・・あれって、冷たくて堅かったから、碁石だろ?・・・・お前、あれで俺の顔に触って、その後どうしたんだよ?碁石を碁笥に戻す音が聞こえるまで・・・・随分時間があった・・・・。」

 アキラの脳裏に、その時自分のしていたことが高速で蘇って来た。
 ヒカルはゆっくりとアキラの反応を確かめるように言う。そこには、悪いことを見つけたけれど、どうしようかと言い付けるのを踏み止まっている子供のような、意地悪な匂いが感じられて、アキラを動揺させた。

「ねえ・・・塔矢。あの碁石でお前が何してたのか・・・・俺、目を瞑っててもわかったよ?だってさ、お前が俺のことほったらかして寝ちゃったら、多分俺も似たようなことした・・・・。」



 お前の唇の代わりに、舌の代わりに―――

 お前の唾液に濡れたものを、自分の体を使って味わうんだ―――

 俺達が皆に隠れて今までして来たイケナイことを、いっぱいいっぱい思い出しながらさ―――



 言い終わる時には、もうヒカルはアキラの布団の中に滑り込んで来ていた。
 薄いパジャマの布越に、アキラの大事な部分をサワサワと撫でる。片手はアキラの耳たぶをしっかりと指先でつまんで、引っ張って、唇を寄せて来た。

「・・・塔矢、本当に女に興味ないのかよ?そんなゆとりないって、言い訳してたけど?俺と離れている間にさ、女を紹介されて仲良くなったりするんだ?・・・しかも、お前のことを気に入ってる女だ・・・・。」
「進藤!僕はそんなつもりはないっ!だから、母にだってちゃんと断わった。聞いていたんならわかる・・・だ、ろ・・・ん、ん・・・・手を、離せ・・・っ・・・・。」

 足でヒカルを蹴り出してやろうと試みるが、それより先にヒカルの足が下半身に絡み付いて来て、もう真上に乗られていた。

「進藤!!」
「お前、声がデカ過ぎるんだって・・・・。」

 ヒカルはアキラの頭を両腕で挟み込んで、固定すると、唇を合わせようとする。
 アキラはその強引さから逃れようとするが、ヒカルの熱い息が自分に吹き掛けられる度に、まるでそれが睡眠ガスか何かであるかのように、どんどん体から力を奪っていくのを感じて情けなくなる。

「・・・あ、ん・・・・厭・・・・だって・・・・。」
「キスさせて?逃げないでくれ、塔矢・・・・舌、ちょうだい・・・・碁石じゃなくて、俺の舌もあげるから、さっきしたみたいにお前のいいようにしろよ・・・・。」



 ―――ああぁ・・・・進藤は全部知っているんだ!

 彼が寝ていると信じていた間、僕がしていた浅ましい行為を。

 多分、僕が心で何を想っていたのかまでも!!



 羞恥に唇を噛み締めるしかないアキラの表情を崩したくて、ヒカルは無理矢理閉じられたそこを舐めた。

「こんな風に碁石を舐めたんだろ?口にも入れたんだろ?・・・ねえ、碁石じゃなくって、俺の舌をそうしてよ!だって、お前そうしたかったんだろ?」
「じゃあっ!・・・じゃあ、何故その時起きなかったんだ?黙って寝たフリしていたなんて、君こそ卑怯じゃないか!?」
「あの時起きてたら、もう俺止まんなかった・・・・お前にキスして・・・・俺の舌でお前の口から碁石を奪ってた・・・・それからもっと凄いこと始めちゃってさ、そこへお前のお袋さんが来て慌ててたよ、きっと・・・・。」

 その方が良かったのかよ?―――と、ヒカルがくしゃっと顔を歪めて笑った。
 それをきっかけに、もうアキラからは抵抗する力の全てが奪われ、二人はいつも通りの深いキスへとなだれ込んでいく。



 二人とも、まだ十代。
 体も心も若くて、そのエネルギーは時として冷まし難い熱となって、二人を煽る。
 体に閉じ込めた秘密の熱は、ゆき場を失って内側でのた打ち回り、噴出し口を求めていつしか自分達を食い破ってしまうかもしれない―――

 もう何年か経ったら、こんな荒れ狂うような求め方もしないで済むようになるのだろう。もっと分別を身に付けて、欲を他へと分散して紛らわせてしまう術を覚える。
 多分、それが、オトナになるということだから。

 でも。
 今はとてもじゃないが、我慢するなんて出来ないと、アキラですら思う。

 碁を打っている時はいい。
 無心になって相手の一手に反応し、邪念が入り込む余地はない。そういう風に小さい頃から訓練されているから、碁盤を挟んだ途端に二人は恋人を意識しなくなる。いや、周りの人間や状況すら意識の外に追いやられ、二人で打つ至福の時間に没頭する。

 それなのに―――碁を離れて二人きりになると、もう駄目だと思う。
 どちらかが少しでもそういう素振り見せると、あっという間にもう片方にも伝染して、どこかが触れ合って体が重なってしまう。

 ヒカルもアキラも、お互いの体を探り合うことに夢中になって―――本能の嵐に身を投じてしまうのだ。



「・・・さっき、言ってたこと・・・・ん、ん、ん・・・・本当?」
「ああぁ・・・・塔矢の舌吸うの、スゲー久しぶり・・・・やたら甘いの、何で?・・・・んー・・・・。」
「だからっ!・・・・は、ん・・・・さっきお風呂場で、言った・・・・ご免って・・・・。」
「この舌がさっき、碁石にイタズラしてた・・・・お前、ワリーなぁ!」

 アキラの質問に答えるゆとりもない程、ヒカルは必死になってアキラの口内で暴れる。
 途切れ途切れに言葉を紡ぐのも、自分を冷ます為なのか、煽る為なのか・・・・。

「も、やめ・・・・進藤っ!」
「・・・イテッ!!・・・・髪引っ張ったな〜?・・・・ううう・・・・痛い。」
「はああぁ・・・・これ以上は駄目だ・・・・。」
「どして?止まんなくなっちゃうから?」

 キスの激しさがそのまま欲望の強さに繋がるから、このままでは最後まで行かなければならなくなる。
 アキラにはまだそこまでの決心が出来かねて、僅かに残された理性でヒカルを押し留める為に、風呂場でのヒカルの言葉を持ち出した。

「進藤・・・・さっきの質問に答えろ。風呂場で言っただろ、君。僕の両親にご免って・・・・。」
「ああ、あれ・・・・お前、あんな切羽詰った時も、ちゃんと俺の言ってること聞いてんだなぁ・・・・。」
「答えろ・・・・本当に悪いと思ってるなら、どうしてここでこんなことしてるんだ?」
「そだな・・・・悪いと思ってるってのは本当でもあり、でも本当じゃない。だって、どんなに悪いことかもしれないってわかっていても、止める気はないもん!」



 そこで、ヒカルはアキラの目を見て笑った。さっきと同じように、とても言葉の内容に似つかわしくない、顔のパーツ全部で作る、無邪気な笑顔だ。

 いつも、アキラは密かに思っていた。

 ヒカルの笑顔には、魔力があると。

 きっと、いくつになっても、たとえどんなに歳をとっても、彼の笑顔は変わらないだろう。

 いつでも必ず、僕の、胸を、熱くして・・・・

 僕の、重たい心の扉を易々と開けて、中に入り込んでしまう―――全てを受け容れさせてしまう。



「お前は、止められるか?親に反対されて、皆から非難されて・・・・そしたら、俺と一緒にいるの、止める?」

 アキラがヒカルの目に吸い込まれて、無言になってしまったのを、ヒカルは彼の非難の現われではないかと不安になる。
 強気で振舞っていても、ふとした拍子にヒカルの中にある懼れが顔を覗かせて、風呂場での言葉や今のような態度に出てしまうのだと、アキラも理解し始めていた。

 ・・・・そうか・・・・進藤も、いつも譲る気は無いように見えても、どこかで僕と同じなんだな・・・・

 アキラは、自分に落ちかかっているヒカルの明るい前髪をかきあげながら、笑おうと努めた。でも多分、満面の笑顔という訳にはいかなくて、戸惑いを滲ませたままの切ない笑顔にしかならなかったのだろう・・・・。
 ヒカルが一層苦しそうに、畳み掛けて来たから―――

「やっぱりこんな関係、良くねーと思ってんの?オトコ同士でライバルで・・・・絶対誰にも喜ばれない関係って・・・・お前には、辛過ぎる?」
「・・・辛いのは、本当だ。だって誰にも言えない・・・・こんなに僕が進藤ヒカルを好きだって堂々と言えないから・・・・。」
「塔矢!俺も、俺も、誰かに言いたくなる・・・・塔矢のこと、めちゃくちゃ大事なんだって!塔矢の全部が好きなんだって!」
「ああぁっ!・・・はあ、ん・・・・。」

 そこでヒカルが又強くアキラの体を締め付けるから、甘い声が漏れる。その声が、ヒカルを更に追い詰めようとしていた。

「ねえ、さっきも言ったように、絶対に最後まではしない、我慢するから、お前を触って気持ち良くさせたい、俺ね、結構色々と勉強したんだ、学校の勉強は大っ嫌いだったけど、碁とお前の為の勉強ならいくらでも出来る・・・・。」
「でも、そんなのきっと無理だよ?僕に触ってて、君が我慢出来るなんて、有り得ない。」
「・・・あのな、塔矢、最近疲れてたろ?俺、お前のこと元気にしたくて、伊角さんに風呂場でしたみたいなこと、習ったんだ、ちっとでも元気になるようにって。先生も言ってたけど、塔矢、この頃痩せた、俺にはわかる・・・・多分、俺とこんなことするようになってからだ、お前が痩せ始めたのって・・・・。」

 そこまで言われて、アキラも言葉に詰まる。
 何も考えてないようで、ヒカルが自分をどれだけ大切に想っているのかを、思い知らされた。
 確かにヒカルと恋人関係になってから、もの想いに耽ることが多くなり、それまで以上に食に執着出来なくなった。オトコ同士のセックスも、アキラには負担になる。
 色々な意味で消耗する要素が増えて、アキラの身を削っていたのは本当だった。

「最後までするのって、お前にはキツイのかなって・・・・だから、そこまでしなくても、二人でいっぱい気持ち良くなれるやり方もあるんじゃないかって・・・・。」
「進藤・・・・。」
「俺さ、ついつい我慢が出来なくて走っちゃうけど、若いってことを言い訳してお前に大変な思いをさせてたよな。だから、今夜から何日間は・・・・お前を楽に、でも、最高にイイ気分にしてやるから。」
「・・・・・・。」
「だから俺の好きにさせて?塔矢・・・・。」

 いいよと言う代わりに、アキラはヒカルに自分の手を差し出した。

「さっきしてくれたマッサージ、今度は余り痛くないバージョンで頼む。そういうのも出来るって言ってたよね?」
「・・・うん、任せて!」

 ヒカルは嬉しさの余り勢い良く布団を剥いで飛び起き、寝たままのアキラの横に座ると、再びアキラの手をとった。













 翌朝、アキラは父と打ってから、ようやく起き出してきたヒカルと一緒に朝食をとった。
 父は一足先に終え、ヒカルとは顔を合わせる前に、自室に引き取っている。

「進藤君、よく眠れた?」

 母が、お決まりの質問をするのを、アキラはドキッとしながら聞く。



 昨夜は、約束通り、ヒカルはアキラの体をマッサージしただけだった。
 アキラはその気持ち良さに恍惚となり、そのまま意識を失くしてしまったのだ。
 目が覚めると、ヒカルはちゃんと自分の布団で寝ていて、軽い鼾すらかいていた。
 ヒカルは、アキラが寝た後布団を掛けてくれ、そして呆気なく眠りに落ちた恋人を見ては自分を持て余しつつ、それでも観念して寝たのだろう。

 そのことを想像するだけで、アキラはヒカルへの愛しさが募るのを感じてしまう・・・・。



「はいっ!お風呂が広くてゆっくり入れたからかな〜、ぐっすり寝ました!・・・あのぉ、良かったら、またいつか入りに来てもいいですか?」
「まっ!そんなに気に入ってくれたの?あそこはね、この古い家の中でも一番最近手を入れたところだから、そう言ってもらえるとおばさん、嬉しいわ〜。」
「あ、あのっ!お母さん、今夜は僕、進藤の家に泊まってもいいかな?その、昨日打てなかったから、今夜は夜通し打とうって・・・・ね?進藤。」
「えっ?いいの、塔矢・・・・。」

 ヒカルはアキラの言葉に驚いてびっくり目になる。
 アキラはとうとう言ってしまったと目が泳いでしまうが、母の返答には二人とももっと驚かされてしまった。

「あら〜、それだったら進藤君、今夜もうちに泊まってって。だって今夜は、緒方さんや芦原さんや、大勢門下の方がいらっしゃるのよ?アキラさんが進藤君のところに行ってしまったら、皆さんがっかりだわ。お父さんも、今夜はアキラさんが居てくれるって思ってるし。進藤君も一緒なら、大賑わいで楽しいじゃないの!」
「お、緒方さん!?それに門下って・・・・芦原さんも来るのか・・・・お母さん!僕、そんな話聞いてないよ?」
「あら、そうだったかしら?いいじゃないの、進藤君にも今夜も泊まって貰えば、皆で夜通し打てて楽しいわよ?」
「いやっ!それだったら、余計に僕らは、オトナの邪魔をしちゃいけないよね?進藤!?」
「あなたも十分オトナですよ。もうすぐ二十歳でしょ?お酒だっていつもご相伴に預かってるし、門下の皆さんをもてなすのは、あなたの役目でもあるんだし。」

 物言いは穏やかだが、アキラの母にはどことなく、相手に厭と言わせない力が備わっている。アキラは、それを誰よりも知っている。

「わあっ!それ、面白そうじゃん!?緒方先生たちとも呑みたいし、打ちたいし!なあ、塔矢、いいだろ?」

 アキラは、顔面蒼白になりそうだった。まさか、ヒカルがそっちに転ぶなんて!?
 ヒカルの部屋に泊まれば、今夜は何の気兼ねもなく二人で愛し合えると思ったから、ヒカルを喜ばせようといきなり言ってみたというのに、まさか母親にこんな切り替えしをされるとは・・・・。
 それだけでも大誤算なのに、ヒカルまでが自分よりも母の提案に賛成するとは!?

「アキラさん、何を絶句しているの?今夜はキマリね、進藤君もお仕事終わったら真っ直ぐに帰ってらっしゃい・・・・って、まるでここがおうちみたいな言い方ね、私ったら!ほっほっほ〜。ささ、二人ともさっさと食べて、お仕事行きなさい。そうだわ、進藤君が食べるなら、予定より材料を多めに注文しなくっちゃ。進藤君、今夜もたくさん食べてね?」
「はいはいっ!!いくらでもいただきま〜す!!」

 嬉々とする母とヒカルを呆然と見ながら、アキラは途方に暮れる。
 ヒカルは今夜も泊まる。しかも、門下の一群が夜遅くまでいる。いや、いつもの通りなら、芦原とかが酔い潰れてそのまま座敷に寝てしまうだろう。

 そんな状況下で。
 ヒカルは宣言通り、今夜もアキラの体に触れてくるつもりだろうか?
 そして、自分をどこまでも気持ち良くさせて、それだけで満足出来るというのだろうか?



 アキラは、目の前で美味しそうに朝食を頬張り、母と楽しげに会話するヒカルを今すぐにでも問い質したい気持ちを、懸命に抑えていた。











(2)へ

NOVEL