― 結晶 ―
「お待たせ、進藤。ちょっと込み入った電話で。悪かった。」
「この絵本、面白かったー。ありがとな。」
「絵本って…ああ、それは伝記だよね。雪の結晶を撮り続けた人の…子どもの頃、とっても気に入っていたんだ。君、よく見つけたなぁっ!」
それは、塔矢の本棚を何気なく漁っていた時に目についた絵本。興味をひかれて読んでみたら、思っていた以上に面白かった。
電話が入って、塔矢が対局の途中で中座していた間のことだ。
「続き、打てるの?」
「あ、ちょっと待って。確かその絵本の人が撮った、雪の結晶だけを集めた写真集もここにあったと…。」
…お?珍しいじゃんか。
対局を後回しにでも他のことをしたがるなんて、塔矢のやつ、よっぽど懐かしいんだなぁ…
ところが。それからがもー、大変だった!
目当ての本がなかなか見つからなくて、塔矢はあっちこっち引っ繰り返し始めたんだ。
「変だなぁ…この絵本もあるなら、写真集だってあるに決まってる。どこへやったんだろう…。」
対局そっちのけで本を探す塔矢。思い込んだら一直線の性格のせいか、すぐには諦めそうもない。ムキになっている様子も可愛いじゃん?…とか思っちゃう。
そういう訳で、俺も腹をくくって最後まで付き合うには付き合った。
だけど俺は、思わず言ってしまった。
「こんなお前、初めて見たー、びっくりしたぜ!」
「えっ…そうかな?だって、あの写真集、とってもいいんだよ。雪の結晶って、凄く綺麗なんだ!」
だから君にも絶対見せたかったのに悔しいよ、と。
そんなことまで言われて、くすぐったくならない筈はないじゃんか?
塔矢はまだ未練がありそうだったけど、俺は話題を変えることにした。
「なあ、塔矢。この写真家もスゲエよな。一生ひとつのことに打ち込めるってさ。」
塔矢の顔が輝く。
「そうだろう?僕も子どもながらにね、感動しちゃったんだ!」
「俺らもさ、こんな風にひとつのことをずーっと続けてくんだな。それだけはちょっと、この写真家に近いかなって。」
「確かに。僕らは死ぬまで打っていくだろうからね。」
心から嬉しそうに笑った塔矢を見ているだけで、俺もウキウキと嬉しくなったのは何故だろう…
だけどその理由を知るのはもっと先でいいと、その時の俺は思ったんだ。
数日後、俺はその写真集を手に入れた。
「えっ、これ…進藤?」
「ネットで頼んじゃった。お前の分もあるから。」
「ちょっと待って!実は僕も、あれからもう一度探しても見つからなかったから…。」
お互いに差し出したのは、二冊ずつの写真集。
それは、表紙の雪の結晶を見ているだけで次第に心が静かになっていくような、不思議な力のこめられた本だった。
自分たちのしたことを散々笑った後、俺たちは写真集を開いた。
ポツリポツリと話しながら、ひとつとして同じ形はないという、その神秘的な雪の結晶を細かく見ていく。
「あーっ、これ見てたら早く本物の雪、見たくなった!降んないかな。」
「確か天気予報では、週末、いよいよなんじゃなかったっけ?」
「んー、待ち遠しー…。」
頷いた後、少しだけ押し黙った塔矢が、やがてこう言った。
僕たちの打った棋譜だって、こんな風に形を残して、人に何かを与えられたらいいのにね――――
しみじみと語る声。
どこか、厳かな感じもする横顔。
その時、塔矢が醸し出していた空気は俺の胸にいつまでも残り、その日から、俺たちの部屋には同じ本が二冊ずつあることになった。
美しいもの。感動したもの。伝えたいもの。
そんなものに出会った時、俺は塔矢を、塔矢は俺を真っ先に思い浮かべる。自然に相手と分かち合いたくなる。
友情と一緒に、もっと深く、もっと熱く、そして言葉にし難い感情が俺たちの間に育っていく「始まり」になった、冬の日の出来事だ。
この写真家も、この絵本も、この写真集も実在します。
昨年アップした時、声をかけてくださったあなた様、ありがとうございました(^^)
さて、18禁仕様の「もうひとつの結晶」は、このページのどこかからリンクしてあります。
そちらも大変短いお話です。