― 変わらぬもの ―
( 2 )
「こっちが俺で、さっきの部屋がお前かな?いい?」
「別にいいけど。どうして僕が奥の部屋?」
「だってさ、お前が俺の部屋の前通ったら、足音聞きつけて…即、連れ込む。」
「連れ…またそういうことを…。」
くっくと、声を殺して笑う塔矢。
俯くと黒髪がサラサラと揺れて、カーテンのかかってないむき出しの窓から差し込む光に、眩しく輝いた。
ああぁ、俺ってば幸せモン……
二人で一緒に住む為の、物件めぐりの一日。いざ探そうと思うと、どの部屋も一長一短でなかなか決まらない。もう一ヶ月くらい、休みは全部潰して探し回っているのに。
でもさ、こうやって二人でああだこうだ言いながら物件を見るのも、実は楽しかったりして。
まるで雑貨屋でカップを選んでいた時みたい。ただ、その品物がデカイものに変わっただけで。
いつまでも決まらなくても別にいいかなぁ……なんてさ。
「ここ、いいね。条件は大体クリアしてるし。予算が一万円オーバーというのが痛いけど。」
「一万円なら二人でそれぞれ五千円じゃん?そのくらい全然OKじゃねえ?」
「そうか…君がいいならそろそろ決めるか…。」
「なあ、俺の部屋、ここにベッド置こうかな。ウォーターベッドにするんだ。」
「ええっ?そんな大きな…この部屋、ベッドで埋まっちゃうじゃないか。」
「いいのいいの、どうせリビングは共有だろ?ほとんどそこにいるだろうし、ここには寝に来るだけだよ。それに絶対大きなベッドにしようって決めてた。子供ん時さ〜、金持ちの友達んちにあったんだ、ウォーターベッド。あの独特の感触がたまんなくて…波に揺られてるみたいでさ…夏は涼しくて冬はあったかいらしいぜ?」
「別に君がいいのなら…。」
今の俺の寝室であるロフトは、マジで狭い。リビングで布団敷いてもいいんだけど、それはそれで生活臭が漂ってナンだから、やっぱりロフトで抱き合ってる。
この前、初めて塔矢が上に乗ってる時なんてさ。俺がちょっと強く突き上げると、あぁん、なんて仰け反る塔矢の塔矢の頭が今にも天井につきそうで……
あ、マズ……とか思いながらも、一度動き出した体は止まらない。下から、塔矢のしなやかな体を揺さぶる快感に、最後まで止められる訳……ない。
俺がバックから抱いてみた時も。膝立ちになると、もう少しで頭がつきそうだった。だから出来るだけ、塔矢の腰に、背中に密着するような形を取った。それはそれで中でめっちゃ感じたらしく、評判良かったんだけど……へへ。
実を言うとさ、もっと自在に塔矢の中を荒らすにはもう少し俺は上体を立てておきたかったんだ。
狭苦しいロフトで愛し合うのもイイけど……そろそろ広いベッドで、存分に塔矢の体をあちこちから探りながら抱きたくなっていた――
そんな色々を思い出してたら、不意に体が熱くなった。我慢し切れずに、塔矢の耳に口元を寄せる。
「なあ、ここに住んだらやってやってやりまくろうな。」
「!…こらっ、聞かれたらどうする…この、馬鹿っ!」
……うわ、真っ赤になっちゃって〜、可愛いんだから、塔矢てば!……へへ。もちょっと、からかってやろうかな。
「何だよ〜、じゃあお前、何もしねえの?打つだけ?」
「そりゃ少しは…でも、そのまくる…という表現は止めろ。」
「んじゃ、まくるは取って、やる…でいいの?塔矢さん…俺、この一ヶ月で精進しまくってるだろ?…あ、この場合のまくるはイイ?」
「全く…君というヤツは…。」
「だって今だってさ、一緒に住んでなくてもエッチしてばっかじゃん、俺たち…。」
「それ、は…まだ始まったばかりだし…この先は、そういう時期ばかりじゃないよ、きっと。」
「ん〜、告白、初夜、それからプロポーズまで僅か十二時間しかかけなかった人間とは思えねえ可愛さだな、お前!」
「プロポーズって…そんなつもりは…。」
「だって言ったじゃんか。死ぬまで一緒だって。」
「だからここでそういうことを口にするな…もぅ…。」
スーッと……睫毛を伏せた塔矢の目元に、俺の視線は釘付けになる。ほんのり頬骨が高くなった辺りが薄いピンク色に染まるのが、凄くなまめかしかった。
つい、手を伸ばす。肘を触って引き寄せようとした、その時。
「どうですか?いいでしょう、ここ。何たってうちの一押し物件ですからね〜。」
慌てて飛び退る。
ぱっと離れたの、わかったかな……いや、男同士だし、きっと小声で相談しているだけだと……思われたよな?
塔矢がそうですね、日当たりもいいし、防音もしっかりしてるみたいですし……あ、僕らは碁を打つんですが石の音が意外と響きまして……なんて、まくしたてていた。
こ、これって照れ隠しだっ!絶対そうだっ!お前って、案外可愛いなぁ……
その横で、俺は笑いを噛み殺しながら頷く。
不動産屋の兄さんはというと。ニコニコと俺たちを見て、「ここに決めろ」と無言のプレッシャーをかけていた。
まだ、何もない部屋。
家具一つ、食器一つない部屋だ。
ここで塔矢と二人で作って行く。二人の暮らし。二人の人生。
まずは何から始めようか?
そうだな帰りにベッドを買って、真っ先っ先にこの家に入れ
よう。
引っ越す前に、ベッドだけがポツンと置かれた部屋。カーテン
すらかかっていない部屋。
そこで身一つで愛し合うのも妙にや〜らしくて、燃えて、イイかもしれないなぁ……
そんなことを考えていたら、また体の芯が熱くなった。
早く。早く。早く。二人きりになりたい。塔矢を裸にしたい。
あの塔矢アキラが俺にだけ見せる顔。聞かせる声。味あわせてくれる液体。
全てがフラッシュバックして、まるでスイッチが入ったみたいに心も体も疼き始めた…………
塔矢に目をやると、まだ不動産屋に愛想笑いをしている。
おいおい、塔矢アキラの笑顔は超レアなんだぜ?そんな有り難いものを拝ませてもらってるって――お兄さん、わかってる?
塔矢を独り占めしているソイツが癪に触った俺は、さっさと契約を済ませて、あの狭いロフト付きワンルームに帰りたくてたまらなくなった。
進藤が引っ越し祝いだと言って引越し前にくれたものは、エプロンと鍋つかみだった。
無地でシンプルなデザインは、男がしても違和感がないだろう。同じ生地で作られた鍋つかみはミトンタイプで大き目だから、男性でも十分使えるようになっている様だ。
自分も引っ越すくせに、ただのプレゼントと言わずに引っ越し祝いなんて言ってしまうのも、君の可愛らしさというか。
それとも、こんなアイテムを選んだことの照れ隠しか。
「僕に料理させようって魂胆?」
からかうと、えへへ……と、イタズラッ子みたいに笑う。
それから、進藤がおもむろに取り出して見せてくれたのは、同じデザインで色違いのエプロンだった。
「俺も一緒にキッチンに立つからいいだろ?」
君って……本当に本当に可愛いヤツだなぁ……
口にすると怒るだろうから、それは心の中だけで呟いておく。
エプロンは僕が濃紺で、進藤がオリーブグリーン。鍋つかみは真っ赤だった。
「この鍋つかみ、派手じゃないか…まあ、汚れが目立たない色ではあるけど。」
「あっ!お前、もうそれ、仕舞っちゃうの?」
「え、だって、引越し祝いを、新居に入る前に使っちゃマズイだろう。」
「や、それはそうだけど…使うのは引っ越してからでいいけど…でも、それ…何で赤かっていうと…。」
「…は?」
「いや、何でもねえ…。」
歯切れの悪い物言いが気に掛かったが、僕はそれらを綺麗に包み直して紙バッグに戻した。
進藤がまだ物言いたげな目をしてるなとは思ったけれど……
僕が手を伸ばし、その柔らかい髪を撫でては、ありがとう、嬉しいよ、僕からは何がいい?引っ越し祝い……と言うと、彼の目はあっという間に水分を含んだ。
唇が重なる寸前に、今日が何の日かお前、わかってる?――と、吐息混じりに囁かれる。
だからこうして一緒にいるんだろう?――と返すと、クシャリと目元にシワを寄せた。
バレンタインに過ごす相手がいるって、いいもんだな……と、最後は彼の唇の動きがそのまま、僕への愛撫になった。
視界も、唇も、そして思考すらも彼に塞がれる。
頭の芯が痺れるような感覚にうっとりしながら、僕は彼との触れ合いに没頭した。
手に入れたばかりのこの幸せを、僕の全てで味わいたいと思う……
大切なものを見送ろうとしている人生の転換期に、彼を愛しいと思う気持ちが抑え切れなくなった。
いや、失くそうとしているものが、僕に大事なものを教えてくれたとも言えるだろう。
――己の人生で起こることに、何一つ無意味なものはない。
誰かの言葉が、しみじみと胸を濡らす気がした。
「お前…何か、考えてる?」
荒い息の下で、囁かれた。
髪を掻き分けて耳裏を掠める唇は、とても熱い。チロチロと、舌先で耳たぶをはためかせるように弄られて、震えが起きるほど感じた。
今夜は、後ろから抱かれている。腕も、足も、出来うる限りを絡ませ合って、僕らは一つの欲の塊となって愛し合っていた。
――こうなってからすぐに、体は馴染んでしまった。
長い間待ち侘びていた時を迎え、心が深まっていく速度に体も必死で追いつこうとしているみたいだ。
恥ずかしさや戸惑いを上回る情熱が、どんな形で愛し合うことも可能にしていた。
「どうして?僕は何かおかしいか…。」
「ん〜、そうじゃないけど…ちょっと、心飛ばしてたろ…目がさ、虚ろになるんだ…その綺麗な目がさ。」
「それはきっと気持ち良過ぎて、意識が薄らいでいたんだよ。今、凄く感じてたから。」
「え…ぁ、あ、そうなの?悦かったの?そんなに感じてくれたんだ、俺の…。」
最後まで言わずに、体で伝えて来る。彼が背中からもっと深く深く、僕を抱き締めて来た。
彼を中に導き入れたまま、僕らは静かに腰や太ももを、重ねていたのだが、色々を考えていると彼を愛しいと思う気持ちが心の器から溢れそうになって、それが自然に体を揺らした。
揺らされると、更に溢れる。
溢れたものがまた、心を濡らす。
その繰り返しが昂ぶりへと発展し、僕は堪え切れずに背中を丸め、細く、長く、震える息を吐き出した。
その息がかかったのだろう。回された進藤の腕がビク……と跳ね、お前の息、熱いよ、と。
泣きそうな声で言われて、僕も泣きそうになった。
最後の方、ロフト全体が揺れているのでは思うくらい僕らは激しく縺れ合い、呼び合う互いの名前が目前の天井に、壁に反響するのにも酷く感じた。
おさまってからも、僕はすぐにシャワーに行く気になれずにいた。行為の後はどうしても僕の方の足が頼りなくなるので、進藤が支えて降りてくれる。
だけど、今夜は彼もすぐには降りる?……と、訊ねて来ない。
告白して結ばれた最初の夜から。進藤は驚くほど察しが良く、そして深い心で僕をわかろうとしてくれた。
だからこそ、僕らはとても自然に、幸せに、新しい関係を始めることが出来たと言えるだろう。
僕は、ほんの少しばかり淋しかった。
もうすぐ、彼のこの狭苦しいロフトで愛し合うこともなくなると思うと、淋しかったのだ。
それを口にしたら、彼は笑った……
「ここ、住んで二年にもならないよ?しかも、いつも下に寝ていたお前が俺と一緒にロフトに寝るようになってからも、ほんの二ヶ月くらいじゃん…それで淋しいなんて言ったら、お前、自分ち出る時どうすんの?」
「うん、そうだな。その通りなんだけど…何だろうなぁ…。」
進藤の何気ない言葉が、さざなみを起す。それは、途絶えることなく僕の心に広がり続けた。
――生まれ育った家を出る日が近付いていた。
二人のオフが重なる日、進藤が僕のうちにやって来て、荷造りを手伝ってくれることになっている。
僕は恋の甘さに酔いながらも、ひたひたと忍び寄る寂寥感にも近い想いを抱えていた。
「塔矢?どした…顔、暗いぞ?」
「え…そうかな?ちょっと疲れたのかも…。」
「あ、あ、ご免!俺、飛ばし過ぎた?お前、忙しかっただろう、引越しの手続きとか色々…。」
「や、別にそれはいいんだ。君とするのはかえっていいんだ。神経が昂ぶっている時、君と抱き合うとほどよく疲れて…よく、眠れる…。」
今夜もまだ、足りないくらいだ。もっと何かが欲しい。もっと体を使いたい。
……凝り固まる何かを、溶かして欲しいんだ。
意図した訳ではないが、力なく掠れてしまった声。
進藤がそれを聞いて、愛しげに僕の顔にキスを落とす。
何度も何度も。場所を変えて。角度を変えて。ついばむ力に強弱をつけて。甘えるように。焦らすように。
くすぐったさと嬉しさに身をすくめて、僕はそれを甘受する。
進藤の髪や肌をお礼代わりに撫ぜると、彼も鼻にかかった声を漏らす。
彼の言葉の代わりに僕の顔中に降り掛かるキスは、暫く止まなかった。
達したばかりだというのに、余韻が消えるのを体が惜しんでいるみたいだ。触れ合った肌から、再び何かが立ち昇り始める。
彼と僕の間に篭っていた熱が下半身に集まり、新たな行為へと僕らを駆り立てるのは、それからすぐのことだった。
結局、深夜を回ってから僕らは下に降りた。
そして、シャワーから出て通りかかったキッチンで、先ほどの包みが目に留まる。
何気なくそれを取り出すと、不意にあることに気付いた。
赤いミトン型の鍋つかみ。そこに、僅かな膨らみがある。
単に包装のせいかとも思ったが、僕はその膨らみを押してみて――確信した。
鍋つかみを逆さに振って、そこにあるものを取り出そうとする。
……知らなかった。僕は、進藤が密かに忍ばせていた贈り物に気が付いていなかったのだ。
進藤が選んだ鍋つかみの中から零れ出て来たものは――赤い紙に包まれた、小さなハート型をしたチョコレートが二つ。
僕はその可愛らしい丸みのあるチョコを手の平に乗せて、揺すった。コロン……としたそれは、部屋の灯りに反射して鈍く光る。
やっぱり君は可愛いことをする人だよ。僕をこんなにも幸せにしてくれる――
入れ違いで彼がシャワーから出て来たら、一緒にこれを食べよう。
ちゃんと見つけた僕を、彼は褒めてくれるだろうか。
それとも、照れて言い訳とかするんだろうか。
ねぇ、進藤……
疲れた体に甘いものを補給するのは、長い碁を打った後もそうだが、こういう夜も大切なことだな。
二人で過ごす初めてのバレンタインから数日後、僕らは引越しの準備を本格的に始めることになる。
――進藤が僕の家にやって来たのは、黄色い梅が静かに咲く、雨の日の午後だった。
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