― センチメンタル ―
「・・・ん・・・。」
目覚めると同時に隣に手を伸ばすのは、もうすっかり習慣になっている。
手に触れる温もりを感じて・・・安心して・・・やがて、まどろみの中から覚醒する。
その瞬間の心地よさは何ものにも替え難く、アキラのお気に入りでもある。
今朝も、触れた先にある筈の恋人の体を確かめようとした・・・。
「・・・?・・・え・・・。」
・・・ぷにゅん。くにゃり。ぽわわ。
期待とは違った感触に、アキラの綺麗に弧を描いたような眉がひそめられた。
「・・・なぁんだ、お前か・・・どうりで進藤より柔らかいと・・・。」
そうだった。
そこにいたのは、アキラが見つけてヒカルの部屋に持ち込んだぬいぐるみ―――それがまるでヒカルの身代わりのように、アキラの枕元に鎮座していた。
子供用の枕くらいの大きさで、コットン地で出来たシンプルな形のひよこだ。
真っ黒な目が付いているだけで、あとは全体が鮮やかな黄色。ちょこんと突き出たくちばしと、跳ね上がった尾っぽが可愛いらしい。
通りすがりの雑貨屋の店頭で見た瞬間に、何故だかヒカルを思い出した。更に手にとってその触り心地に密かに感動して、アキラは即決で買い求めた。
―――以来、ひよこはヒカルの部屋に住んでいる。
アキラには、意外とこういうことに対する気恥ずかしさはない。
むしろ、ヒカルの方がちょっとでも男女間の交際であるっぽいことをするのに、抵抗や恥じらいがあるようだ。
すぐに顔を赤らめたり、口をへの字に曲げたりするのが、妙に幼くて可愛いと思う。
直情型で周りの目を気にしない性格のアキラには、何でそんなことで・・・と思うが、それだけ自分との関係に一喜一憂しているのだと思うと・・・更に可愛い。
夜だってそうだ。
形としてはアキラがヒカルを受け入れているが、別にヒカルが優位という訳ではない。
アキラの体を気遣う様子も、自分だけが気持ち良くなっちゃいけないと我慢する様子も、ヒカルらしい必死さに溢れている。
アキラのやり方次第でヒカルの快感をどうにでもコントロール出来るのも、アキラの男としての自尊心を支えていた。
・・・でも、そう言えば。
このひよこを買った時は、流石にちょっとは恥ずかしい気持ちがしたっけ・・・と、アキラは思い出した。
お店の人に、贈り物ですか?と尋ねられ、馬鹿正直にいいえ・・・と答えたのだ。
相手は、ではご自宅用ですね・・・と、ちょっと含みがありそうに念を押してきて、それにも反射的にはい・・・と答えた。
後から考えてみると、贈り物だと言ったら女性へのプレゼントだということで自然だったろうに。
いい年をしたオトナが大きなひよこのぬいぐるみを買うなんて。しかも自分用に買うなんて。
子供がいるような年にも見えないだろうし、お店の人はミスマッチな取り合わせに内心笑っていたのかもしれない。
・・・進藤が悪いんだぞ・・・ずっとひよこみたいな色の前髪をしているから・・・・・・
ヒカルが茶目っ気で置いていったのだろうひよこを、アキラは抱き寄せて溜息をついた。
「起きてたんだ・・・ね、コーヒー煎れたよ。シャワー浴びてくるから、お前も入れ替わりで・・・早くしないと、海まで遠いからさ。」
「ああ、そうか・・・本当に行くつもりなんだ。だったら・・・ゆうべは君、やり過ぎだろう・・・。」
ベッドに横たわってヒカルを・・・・・・いや、ひよこを抱いたまま、もう一度さっきよりも深い溜息をついた。
ゆうべのヒカルの情熱があちこちに名残を留めているようで、全身がだるかった。すぐに起き上がれない。
仕方なく抱いたひよこを撫でてやると、素っ頓狂な声が上がった。
「あーっ!いいなぁ・・・コイツ!塔矢に撫でられてやがる〜。ねえねえ、俺も抱いてスリスリして?」
「君はひよこほど可愛くないじゃないか。それに硬いし。・・・こらっ・・・進藤!・・・くすぐった、い・・・んー・・・。」
ひよこごとアキラを抱き込むと、頬を寄せてくる。本当にスリスリしたいらしくて、寝汗をかいた肌が擦れ合う。
「・・・君・・・言いたくないけど、ちょっと剃ってこい。痛いぞ。不精するな。」
「あー、最近伸びるの早いんだけど、男らしくなったのかな?えっへっへ・・・。」
「えっへっへ・・・じゃないだろう。さっさとシャワーを浴びて来い。僕もコーヒーをいただくよ。」
ヒカルの煎れたコーヒーは美味しい。
メーカーを使わずに一人前ずつ丁寧に煎れてくれる。豆にもこだわっていて、気に入った店からネットで取り寄せたりもする。
アキラはブラックで飲むが、ヒカルは外国のようにフレーバー付きのも飲むし、砂糖やミルクも時に応じて使う。
はいはい〜と多少は不満そうな顔をしつつも、ヒカルは道を開ける。
ひよこを手渡されて、アキラの見ている前でコイツ〜、塔矢に可愛がられやがって〜と、芝居がかった様子で握り潰していた。
どうしようもなく幼くて・・・でも、やっぱり可愛いなと思ってしまう自分は、末期的にヒカルに惚れているのだろうと―――アキラは苦笑するしかなかった。
「・・・ね、昨日の接待、キャンセルってさ・・・それって延期ってこと?それとも・・・もうないの?」
唐突に訊かれて、ドキンとした。アキラの動きが止まる。
浴室に向かおうとしたヒカルが振り返ってアキラに問い掛けたのは、キッチンに腰掛けてコーヒーに手を伸ばした時のことだ。
カップに触れた手が不安的に揺れて、中身がこぼれる。
「・・・っあつ・・・!」
「大丈夫!?」
「うん、ちょっとかかっただけだ。何でもないよ。さっさと入って来い。」
「やせ我慢しないで水で冷やせよ。後でヒリヒリしても知らないぞー。」
その背中にわかってると言葉を投げてから、アキラは目を逸らした。
話はごく自然に逸らすことが出来たが、今、目線を外したタイミングは上手くなかっただろうか。
・・・もしかしたら、何か知っているのだろうか?進藤は・・・・・・
アキラは流しに行くと、今ヤケドをしかかった手首辺りを流水にさらす。
冷たい水が、熱くなった部分を流れていくのを心地よいと思いながら、ぼんやりと考えた。
昨日の晩、あんなに僕の帰りを喜んで、激しく求めてきたのも、バレンタインだったからだけじゃ・・・ないんだろうか?
ずっと流水に浸していると、手全体が冷たくなってアキラは身震いした。
ぬるくなったかもしれないが、ヒカルの煎れてくれたコーヒーで体を温めたいと思い、蛇口を止める。
これから出掛ける海の海水も、こんな風に切られるほどに冷たいんだろうなと・・・ふとそんなことを思った。
あれはもう四年も前のことになる。
クリスマスの晩に、話の流れでどういう訳だかタイムカプセルを埋めようということになった。
当時はまだ互いへの執着と関心が、恋愛へと発展していくのかどうか自分たちにもわからず・・・・・・好意は感じていても、男同士、ライバル同士という二点は、同じくらいの重さでのしかかって、二人の行動を規制していたのだった。
そんな風に、将来がどうなるのだろうという不安が、将来の自分たちに向けてのメッセージを書かせたのかもしれない。
取ったばかりの免許を見せびらかしたい気持ちもあったが、これで塔矢が後ろに乗ってくれてしがみついてくれるという、思春期の少年らしい期待もあった。・・・いや、下心と言った方が正しいだろう。
それで、ヒカルのバイクに二人乗りして出掛けた海の見える公園の、その松の木の下にカプセルを埋めた。
ただ埋めるだけでは濡れたりして数年ももたないだろうが、ヒカルは通販で見つけた缶作りのマシンをわざわざ買ってきたのだ。それで、書いた手紙を空き缶に入れて、封印をして、それを更に金属製の箱に入れて埋めた。
うんと深く掘らないと、地形が変わって波がここまで来たりして〜と有り得ない心配までして、しつこく穴を掘るヒカルを、最初は何をそんなにムキに・・・と醒めた目で見ていたアキラだった。
それでも―――
ヒカルが手を顔を泥だらけにして必死に掘る様子を見ているうちに、胸が熱くなって切なくなって、どうしようもなくなって・・・。
込み上げる感情に押されるようにアキラもしゃがみ込んで、一緒に泥だらけになった。
二人で黙々と穴を掘って、どんどん泥だらけになった・・・。
海水で手と顔を洗うという、無謀なことをして寒さに悲鳴を上げたのも、その冷え切った体をお互いに温める術を持たずに、ただ並んで震えていたのも。
少年の日がやがて終わろうとしている時代の、大切な思い出だ―――
あの頃から、進藤ヒカルのことが苦しいくらいに好きだったと思う。
でも、碁では死んでも負けたくなくて、好きだと認めることは碁にも影響が出そうで、怖かった。
手に入れることが怖いなんて、贅沢な悩みだったんだろう―――
今はその反対だ。
手に入れた大切なものを、いつか無くしてしまうのではという恐怖に怯えている。
オトナになるってそういうことなのかなと、アキラは漠然と感じていた・・・・・
バイクに乗るのはしんどそうなアキラを察して、ヒカルの方から電車で行こうと提案した。それに、冬のツーリングは心底冷えて辛い。
窓から海が見える頃には、二人とも緊張してきた。段々目的地が近づいてくると会話が不自然に途切れて・・・とうとう黙ってしまった。
必要なことだけ話して、目的の駅で降りて海岸へと向かう。
湘南付近にある、地元の人かサーファーくらいしか来ない小さな浜だ。そこに、遊歩道のようなこじんまりとした公園が長く伸びていた。
「こんなに寒くて雪が降りそうでも、ウィンドサーフィンするんだなぁ・・・。」
「いくらウェットスーツ着てたって冷えるだろうにさ〜、スゲー・・・。」
真昼だというのに息が白くなるほどの寒さの中、二人は松の並木が続く公園へと辿り着いた。
「えっと、確か入り口から5本目だったよな?」
「5?僕は7だったと思ってたけど。」
「ええ?7〜、そんな筈はねーだろ。囲碁にひっかけて5本目だよ!」
「君が言ったんだよ!ラッキーセブンの7だと忘れないだろうって。そう・・・確かにそう言った!」
「俺、そんなこと言った覚えはねーぞっ!」
暫く言い合いが続いたが、ふと通りすがりの人の注目を集めていることに気が付いて、二人とも我に返った。
口をつぐんで、バツが悪そうに互いを見る。
不意に、笑いがこみ上げて。
二人して笑い出す。肩を叩き合いながら散々笑ったおかげで、さっきまでの妙な緊張は解けて行った・・・。
「でもこのまま意見が一致しないと、どっちの根元を掘ったらいいか困るじゃないか。」
「じゃあさ〜、それぞれ自分が正しいと思う方を掘ってみる?スコップ二つあるんだし。」
「その園芸用のスコップでどこまで掘れるんだ?もっと大きいのじゃないと・・・。」
「だってデカイ、それこそ工事現場みたいなヤツだと、まるで死体でも埋めるのかって怪しまれちまうじゃんか。」
「昼真っから死体の穴を掘るかっ!・・・全く・・・まあ、電車に大きなスコップ担いで乗るのも気が引けたし、それは仕方ないんだけど・・・。」
果たして、これからどうしたらいいか。
途方に暮れるとは、このことだろう・・・両方を掘ってどちらかがハズレだと後味が悪いし、二人とも自分の記憶を信じているから、譲ろうとはしない。
―――昔からそうだった。
一度言い出したことは、どちらも折れない。今までよく恋人関係が続いたものだと思う。
その内、サーファーが続々と浜へと上がって来た。風向きが変わり、そろそろ雪も散らつきそうだと言う。
いっそこのまま帰ろうと言い出そうかどうかアキラが迷っていると、ヒカルはズンズン歩いて行って木の根元でしゃがみ込んだ。・・・五番目の木だ。
どうしても自分が正しいと言い張る気なんだと。
アキラも諦めにも似た気持ちを抱えたまま、ヒカルへと歩み寄った。
ヒカルは背中にしょった大きめのリュックを降ろしたいたから、そこからもう一本のスコップを取り出して、隣にしゃがむ。
「・・・んだよぉ?お前、7番目だろ?そう思ってんだろ?」
「こっちになかったらあっちだろう。君はどうせここしか掘る気がないんだったら、一緒にやった方が二倍の速さでほれるだろう。・・・そしてどーーーしても見つからなかったら、潔く降参するんだな。」
見つかるかどうかなんて、正しい木の下を掘ったところで確率は低いとアキラは踏んでいる。
確かに完全に梱包したし、中の缶詰はしっかりと密閉されていた。外がボロボロでも、中身は無事かもしれない。
こんなグッズがあるなんて、通信販売も、探し出してきた進藤も侮れないと、当時しきりに感心したものだ。
「おうっ!対局と一緒だな。見つかんなかった時は負けましたって言ってやるぜ。」
そして。
二人は掘った。どこまでも掘った。
アキラはカシミアのロングコートを着ていたからそれを脱いで、セーター姿になって、腕まくりをして掘った。
ヒカルもムキになって掘っている。
寒さゆえに鼻が真っ赤になって、時々鼻水を啜り上げながらも掘っていた。
辺りに人はすっかりいなくなった―――
灰色の空からは、やがて雪が舞い降りてきた。
空気は一層冷えてくる。手袋をしていても、手がかじかんでくるようで、しゃがんでいる姿勢も辛くなってきた。
・・・っくしゅんっ!
アキラもついにくしゃみをしてしまった。それを合図に、ヒカルは自分のジャケットを脱いで、アキラに着せ掛けようとする。
「進藤!別にいいからっ!君だってそれだけじゃ寒いだろう?」
「だってお前来週大事な対局あるじゃんか!?俺のせいで風邪引いたら、ヤダ。」
「君のせいだって思わないよ、もしも風邪ひいたって。それは僕の責任だ。自己管理の問題だ。」
「ちぇ〜、お前って格好良過ぎ・・・そんなこと言われたら、俺も言わなきゃイケナくなるじゃん・・・。」
拗ねたような言い方だ。
ヒカルは手を止めて、勢い良く立ち上がった。
「もう止めよう!俺の間違いか、それとも掘り起こされてどっか行っちゃったか・・・どっちにしても、これ以上掘ったって何も出て来ねーさ・・・。土を戻して、帰ろう。」
「帰ろうって・・・でも、進藤・・・諦めるのか?本気で?」
いい加減なこと言うなと、怒鳴ることも出来たが、ヒカルの様子が拗ねるを通り越して本当にがっかりしているのがわかるから、アキラも気の毒になった。
そもそも自分はあのカプセルのことはいい想い出だとは思っても、本当に掘り起こしてもう一度見たいとまでは思わない。
あのままそっと、記憶の中の一コマでいいと・・・。
だからこそ、ヒカルがここまで執着するのには、きっと訳があるのだろうと察した。
さっさと土を戻して帰り支度をするヒカルを見ていたアキラも、ノロノロとその作業を手伝った。
掘るのは重労働なのに、埋めてしまうのはあっという間だ。・・・何とはなしに虚しいものを覚える。
ヒカルの黙々とした横顔を見ていると、アキラは不意に胸が苦しくなった。
心のどこかがヒカルの悲しみに触れて、そこからジワジワと彼の悲しみの色に染められていく。シミのように広がっていく・・・・・・
「進藤・・・何か言いたいことでもあるのか?君、昨日は元気で、今朝もちょっと元気で、でも家を出てからどんどん元気がなくなってきたぞ。もしかしたら、僕に触れなくてエネルギー切れか?」
わざとおどけた話し方をして、ヒカルの出方を伺った。
ヒカルは服についた泥をうざったそうな動作で払いながら、アキラの方を見もしないで言う。
「じゃあ、お前、こんな外でも、明るい昼間でも、俺が塔矢不足だからお前をよこせ〜とか喚いたらさ、俺にキスしたり抱きついたりしてくれんのかよ?」
これは―――・・・完璧に、心に何か抱えている時の物言いだとわかり、アキラは直感した。
・・・そうか、聞いちゃったんだな・・・仕方ない・・・・・・
「進藤―――僕はお見合いなんてしない―――。決まってるだろう?・・・だって僕には恋人がいるんだ。上手くいってるんだ。すご〜くアツアツなんだ。そんな時に誰が?」
「ア、アツアツって・・・お前、古くせーっ!だっせー、ばっかみてー・・・。」
アキラは、昔からヒカルにその言葉使いや行動がジジクサイと評されていることを逆手にとって、わざとそういうことをして彼を喜ばせたりする。
アキラなりの茶目っ気なのだ。ヒカルにしか見せない、塔矢アキラの顔・・・恋人だけへのサービス・・・。
ヒカルも彼の優しさを感じて、いよいよ我慢し切れなくなったらしい。
お前もどうせ汚れてるし、今更いいよな・・・と。
泥のついた手をそっと伸ばして。
アキラの左手の人差し指に触れた。
スルスルと上下させて、アキラの指の関節も、乾いた皮膚も、滑らかな爪も、全部を味わうようにしながら。
「・・・昨日、お前が帰ってきてくれて、死ぬほど嬉しかった・・・めちゃくちゃお前のこと愛して・・・俺の中がお前でいっぱいになって、もう入りきれなくて溢れて・・・勿体無いくらい・・・。あれでチャージ完了だと思ったのに・・・俺って燃費が悪いのかなぁ?またすぐ空っぽになりそう・・・。」
・・・また今日も、お前が足りなくなりそうだから・・・俺をお前でいっぱいにしてくれないと・・・ヤダ・・・・・・
じゃあ今から注ぎ込むから心を全開にしろ・・・と、アキラが言うが早いか、ヒカルの方から絡ませ合っていた指を引いて。
二人の体が重なった―――
一つのシルエットになったヒカルとアキラに、粉雪が白くて小さなまだら模様をつけるように、静かに、優しく、降りてくる・・・・・・
「・・・ちゃんと話をするから、聞いてくれるか?君には余り楽しい話じゃないかもしれないし、僕も出来れば流してしまいたかったけれど・・・。」
アキラの言葉に一瞬身を固くしたヒカルだったが、アキラの肩口に埋めた頭を微かに擦り付けるように動かすことで、答えた。
それはヒカルからの、承諾の合図だった・・・・・・
「寒いけど、大丈夫?お前の手、氷みてえだった・・・。」
「うん、流石に今日は寒いな・・・今年一番の冷え込みかもしれない、この感じだと。君のほっぺたこそ・・・。」
冷たいよ・・・と囁きながら、アキラの薄くて綺麗に紅い唇が、ヒカルの頬を、耳たぶを掠める。
アキラが外でこんなに大胆に触れてくれることはほとんどないことだから、もうそれだけでヒカルは舞い上がってしまう。
アキラの唇の密やかで甘い感触に、ぶるり・・・と体が震えた。
嬉しい・・・塔矢が、人目があるかもしれないこんなところで、俺に優しくしてくれる・・・・・・
感じる幸せをそのままアキラに伝えたくて、ヒカルはぎゅっと抱き締めた。アキラも素直に抱き返す。
「・・・ね?・・・どこか温かいところに場所を移してから話をしようか?」
アキラの優しい提案に、そっと首を振ったヒカルはこう言った。
「もちょっとだけ、ここにいたい。そして話を聞きたい。」
あったかいところで、心も体もダラ〜ンと弛んだ状態で聞くような、そんな話じゃないような気がするからさ・・・・・・
ヒカルの言葉は、彼が何を聞いても大丈夫な強さを持った男に成長してたことをアキラに教えた。
二人は、浜から公園に入る入り口の石段に腰掛ける。寄り添うようにして、海側を向いていた。
ヒカルの右手がアキラの左手を握って自分のポッケに突っ込もうとするが、それがなかなか難しくて上手くいかないから、二人して笑いながらゴソゴソと揉み合った。
「こらっ!手袋をしたまんまの男の手が、二本も入る訳、ないだろう?無理だって・・・。」
「ん〜、だってお前の手を俺のものにしたいの・・・一緒にしときたいんだって。」
無理矢理にでも二つの手を束ねようとするヒカルの妙な意地が、可愛いと思う。
さっきタイムカプセルを掘り返そうとした時もそうだったが、こうと決めたら何が何でもと意固地になるのは、意外にもアキラよりもヒカルの方が多かったりする。
そんなヒカルと衝突と諦めを繰り返しながら、それでも愛することを止めずにここまで来たアキラだった。
「やっぱ・・・一つのポッケには、入んないよなぁ・・・俺ら、二人とも男だもん・・・手ー、デッカイし・・・。」
「大きくなったよね。お互いに・・・いつの間にか・・・。」
アキラは、感慨深く呟く・・・。
数年前、ここに来て必死で土を掘りカプセルを埋めた成長期真っ只中の手は、今では一回りも大きくなっただろうか―――
珍しく諦めてアキラの左手を開放しようとするヒカルの手を、今度はアキラが追っかけた。
ヒカルの手をもう一度、指と指を絡ませるようにぎゅうっ・・・と握ると、自分のコートのボタンを一つだけ外して、その合わせ目から二つの重なり合った手を差し入れる。
アキラのコートとからだの間に、ほっこりと収まった二つの手―――
ヒカルはアキラを見て、嬉しそうに微笑む。
「お前の体温でめっちゃあったけー・・・ふふ・・・今日はどうしちゃったの?サービスいいじゃん。」
「たまには、ね・・・それにこんな雪の海、もう誰も来やしないさ。いくらでも・・・優しくしてやる・・・。」
・・・やる・・・の部分で、またヒカルに絡めた指をこっそりと動かす。指先でヒカルの手の甲をなぞり、全体に力を込めた。
それも全て、アキラのコートの下。アキラの体温に包まれて。
ヒカルも、喜びの気持を表したくて握り返す。外は身を切るほどに寒いのに、二人の手は汗ばむほどだ。
重なった手の平の上。
二人の汗が混じり合う感覚は、小さな官能が芽を吹き出させる―――
互いの興奮がやがてそちらへと育って行く前に、不愉快な話は片付けてしまおうと、アキラは口を開いた。
「・・・進藤。どうして知ったのかはもうどうだっていいんだけど。確かに昨日の接待は、どうやら仕組まれたお見合い・・・になる筈だった。大阪の後援会の方からの紹介で、両親もお世話になっている人だからね。まだ若い、まだ早いでは・・・言い訳にならなかったらしい。」
「・・・・・・。」
「直前になって知らされて・・・それでお断りしたんだ。両親と、その紹介者の方の顔に泥を塗ったかもしれない。でもわかっているのに出向いたら余計に失礼だろう?関わった全部の人に対して・・・。」
そうだろう?という風に、アキラが同意を求めてヒカルを見る。
ヒカルはどう答えていいのか、戸惑いの色をその顔に浮かべた。
「でも・・・普通はぶっちする方が失礼じゃねーの?形だけでも行って、それから断ろうとかは考えなかったのかよ?」
「僕が失礼だと言った中には・・・相手の人や後援会の人だけじゃない。見合いだとわかっていて出席したら、僕は僕の一番大事な人に対して顔向けが出来ない。そんな不誠実なことは、僕には出来ないよ―――」
そこで。
アキラはヒカルを見詰める目を、ゆっくりと細めて・・・綺麗に笑った。
「・・・俺のこと、考えてくれたの?」
ヒカルの声は少しだけ震えている。
その薄茶色の瞳がアキラを見返して、冷たく澄んだ空気の向こうで揺らめいたように、アキラには見えた。
紛れも無くヒカルは喜んでいるのだろう。
いや、自分との関係を大切にしてくれるアキラの真摯な気持に、感動すら覚えているのかもしれない・・・。
ヒカルの潤んだ瞳に見詰められながら、アキラは真面目な口調で話を続けた。
「・・・もしかしたら、僕にそういう人がいること、わかったかもしれない。お見合いなんてする気はないってその一点張りで通したけど・・・まあ、わかる時にはわかるよね。しかも、飛び出していったまま昨日の晩は家に帰らなかったんだから。」
「え?お前・・・そっかー・・・俺、すっかり忘れていたけど・・・お袋さんたち今、日本にいるんだったよな。それなのに泊まってってくれたんだ。」
「そうさ。バレンタインに見合いを設定する方もする方だけどね・・・バレンタインに外泊・・・というのも言い逃れ出来ないかもしれないな。」
「俺んちだって言えばいいじゃん?友達だと思ってるなら別に・・・。」
「君の家だって勿論言ったさ。でもそれを100%信じてると思うか?女性と一緒だったのを誤魔化していると・・・勘繰られるかもしれないだろう。」
「・・・あっ!そうかぁ・・・んー、でも・・・。」
ヒカルがそこで、アキラの手を一段強く握って言う。
「塔矢がお見合いを断るくらい好きなヤツは俺だって・・・お前のお母さんたちにわかって欲しい気もする・・・。」
拗ねた口調。そのくせ、甘えるように縋る瞳。
アキラは再び愛しいと思う気持の裏に、だからこそ意地悪を言っていたぶりたいような衝動も生まれる。
「じゃあ、君、僕の父と母に向かって堂々と言えるのか?僕と付き合ってるって。好きだって。」
「・・・う。それは・・・ええっと・・・んー・・・。」
「何だったら今からすぐ僕のうちに行って、そういう場面をお膳立てしてやってもいいぞ?」
「あー、お前って、底意地ワリーッ!俺を困らせて楽しいの?」
「ふふ・・・進藤、知っているか?世間ではそういうのを、『ヘタレ』というらしいぞ?」
「ヘ・・・塔矢〜、てめえっ!言いやがったなっ!俺のどこがヘタレだあっ!」
叫んだヒカルは空いていた左手でアキラの顎を掴み、噛み付くようなキスを与えた。
―――今日、目が覚めてからする、初めてのキスだ。
アキラの薄くて綺麗に引き締まった唇のあちこちに、仕返しとばかりに吸い付く。するとアキラの口元からは、小さな喘ぎが次々と零れ落ちる・・・。
「ヘタレがこんなキスするかよ・・・お前に、こんなうっとりとした目をさせるかよ・・・ああん?そうだろう・・・塔矢・・・。」
唇と唇が擦れ合うくらい近くで、息に乗せて囁く。
ヒカルのものか、アキラのものか。
真昼だというのに白い息が二人の間に立ち昇って、いっときだけ霞がかかった。
・・・うん、わかってるよ、進藤・・・ヘタレだからじゃない・・・そんなに簡単な話じゃないから・・・だから、わかってる・・・・・・
胸の中だけで、そっと呟く。愛しさがこみ上げる。
きっと自分は言われるとおり本当にうっとりした目をしているんだろうと思うと、急に恥じらいを覚えたアキラが顔を逸らす。
その拍子にアキラの普段は髪に隠れた耳が顕わになった。ヒカルは思わずそこにキスを落とした。アキラの体が震える・・・。
「あ・・・君の息が温かくて・・・耳が気持いい。」
「うん・・・お前の耳、冷たさで真っ赤になってる・・・熟れたトマトみたい・・・こんなん、見たことないから面白れー。」
「トマト?それならもみじとか可愛く言え・・・っ!こら・・・あ・・・進藤・・・そんなこと、するな・・・んんー・・・。」
ヒカルの唇が細やかにうごめいて、アキラの耳をそれこそ味わうように食む。耳の複雑な造形を熱い舌が辿る。
くちゅり、くちゅり・・・という音で、アキラの脳はいっぱいになる。
これでまた、二人の抱える官能が大きく育ってしまった―――
座ったまま精一杯腕を伸ばし、抱き合う体勢になる。膝と膝がぶつかって、抱き締め直す度に膝頭が擦れた。
さっきアキラの顎を掴んだヒカルの左手は、アキラの膝から太ももへと撫でるようにさすらって、やがて股間に行き着こうとするから、流石のアキラも慌てた。
「いくらなんでも、そこは・・・しんど・・・っ・・・。」
「いや。触りたい。服の上からでいいから。・・・触らせて。お願い。」
「誰もいなくたって・・・外だぞ・・・いつ、人が・・・。」
「コートに隠れてわかんないって。おとなしくして。」
「じゃあ、僕だって黙ってされてないぞ。」
「んー、嬉しい・・・触って、俺にも。体のどこ触ってもいいから。ね。」
「好きにするぞ?いいか・・・」
「うんうん・・・お前にされるんだったら全部いいよ・・・どんなやらしいことだってして・・・いっぱいして・・・塔矢・・・俺、見られたって平気・・・。」
「もう、黙れ・・・。」
今度は、アキラの唇がヒカルを塞ぐ。
最初から深く這入り込んできたアキラの舌は、ヒカルの口内をくまなく荒らした。体の内側は、外気と裏腹にこんなにも熱い―――
その情熱に応えて。
ヒカルもアキラの固くなり始めたそこを手で刺激する。服と体の間にある僅かな空間を握り潰すようにして、ヒカルの大きくて器用な手が的確にアキラを包んだ。
布越しの刺激は、もどかしさを生む。もどかしさは、よりはっきりとした刺激を求める呼び水になる。
膝が小刻みに揺れて、それは欲望の深さなんだと思うとヒカルは嬉しくて、アキラをもっともっと奥まで探りたくなる。
前をくつろげて、最後まで導いてやれたらと思う・・・。
でも、さすがにそこまでは許されないだろうと思うと、中途半端に始めてしまったことを少しだけ悔やむヒカルだった。
―――それでも。
いや、それだからこそ。
こんなところで、真昼間に・・・と思う気持が、余計に二人を煽る。
最後まで体の快感を追えないのだったら、せめて言葉で愛を注ぎ込もうとヒカルは決めた。
「俺ね・・・もっとお前のこと、とりこにしたいんだ。お前が俺の体に、俺のテクに夢中になって、絶対に離れられないように・・・。」
「進藤・・・も、離せ・・・あ・・・。」
「いやだ。どうせあと少しだろ?イっちゃえ・・・大丈夫。汚れないようにしてあげるから。俺の右手離して。ちゃんと受け止めるから。」
「んあ・・・人に見られたらどうす・・・っは・・・。」
「誰か来たらわかるって。」
「警察にでも・・・通報されたら・・・僕ら捕まるかも・・・しれない、ぞ・・・それでも・・・。」
「ええっ!?外でやらしいことしてたら・・・男同士でも、つ、捕まっちゃうの?」
「だからヘタレだって言うんだっ!ほらっ・・・手が止まったぞ。」
アキラが苦しい息の下から、口角を引き上げて笑いの形を作る。しかしそこから出てきたものは、はあぁ・・・と切羽詰った吐息でしかなかった。
ヒカルがすぐに動きを、しかも更に激しく追い上げるように再開したからだ。
アキラのガンとした抵抗に股間は諦めたものの、ヒカルの手は服の上からでも十分にアキラの体の線を感じられるとばかりに、自在に滑っていく。
あちこちを辿りながら、ヒカルは頭の中でアキラの裸身を容易に想像することが出来るのだった。
細い、しなやかな腰。
でも決して貧弱ではない、ちゃんと腹筋のついた腹。
滑らかな太ももの内側。
薄く色づいた控え目な突起。
鎖骨は、アキラが大きく喘ぐ度に谷間を作って、ヒカルのキスを誘う。
コートの襟をぐいっ・・・と乱暴に広げて、その下のシャツとセーターを重ね着した中へと、力任せに指先を差し入れた。
そして、鎖骨を捉える。窪みをくすぐる。
その間も、互いを温め合う優しくて甘いキスを飽くことなく繰り返していた・・・。
「昨日、お前が言ってくれたろ?勿論ジョークだってわかってるけど・・・進藤ヒカルが抱きたいのは自分だけ・・・勃つのも自分にだけって・・・あれ、そっくりそのまま俺の気持ちだ。俺こそお前をがんじがらめにしてー・・・絶対に他の女なんか抱けない・・・俺以外に触られるのも吐き気がする・・・そんくらい俺に夢中させてー・・・。」
最後まで出来なくても、ここでイかせられなくても、せめて言葉でアキラを抱きたいと思う。
どれだけお前を愛しているか―――。昨日の夜一緒にいてくれて、どれだけ嬉しかったか―――。
伝えられたらと思う・・・。
アキラもヒカルから与えられる言葉を、一つ残らず心と体で感じて。
同じように悦ばせたいと、愛撫と変わらぬ熱さと真剣さで、言葉も返してやる。
「もう十分夢中だ・・・溺れてるよ・・・君しかいらない、ずっと、これからも・・・だから・・・。」
・・・だから君も、僕しか欲しがるな―――
声は、互いの間で低く、くぐもって聞こえる。
それは二人にしか通じない、最中のサインのあれこれを思い出させてくれる。体の末端までを痺れさせ、心を幸せで満たす、あの悦びのサインだ―――
やがて、雪に埋め尽くされそうになるまでそうしていた二人も、そろそろ潮時かと互いの濡れた髪の毛に触れて、その冷え具合に観念した。
確かに、アキラの下半身に集中していた快感の波も全身へと散らされて、今では完全に凪いでいる。
帰ろうか・・・とどちらからともなく言い出して身を離すその瞬間は、少しだけ虚しく淋しかったけれど。
それでもくすぶる興奮は、今夜も互いの身を離せないだろうとの予感を持たらした―――
荒れる息を整え、衣服を整え、やっと帰途につく二人は、もう一度温かくなったらここへ来ようと約束をした。
季節が良ければ二人きりにはなれないかもしれないが、タイムカプセルを掘り起こすにはいいかもしれない。
電車を待つ間、駅の土産物屋を通りかかったら、ヒカルがはしゃいだ声を上げた。
店先のかごに、手乗りくらいの大きさのひよこのぬいぐるみがこぼれんばかりに入っていたのだ。
それを見て、よっしゃ〜、こいつ等、留守番してるうちのひよこの子分にしてやろうぜ〜と言っていくつも手に取っている。
「進藤、それを言うなら子分じゃなくて、子供じゃないか?」
「ええ〜、どうしてひよこの子供がひよこなのさ?ひよこは鶏の子供だろ?」
「ああ・・・そう言われれば・・・サイズの問題じゃなくて、君は正しいところをついている・・・。」
ヒカルの返答に妙に感心したアキラだった。
店の人に、お兄さん、こんなにいっぱい買うのかね〜と呆れられながら財布を取り出すヒカルを見て、アキラも苦笑するのだった。
今度目が覚めたら自分が持ち込んだひよこだけでなく、このモコモコとうるさい連中までベッドを埋めているのだろうかと想像するだけで、可笑しさが込み上げてくる。
・・・馬鹿な子ほど可愛いとか言うけど・・・馬鹿な恋人ほど可愛いとは言わないのかな?
―――タイムカプセルを埋めたあの日。
自分たちはまだ子供だった。
碁のプロでお金を稼いでいるという事実はあっても、心はまだ成熟に遠かったと思う。
それ故に、戸惑い、足踏みし、未来への不安に押し潰されそうだった。
今だって、完全な大人かと問われれば首をひねりたくなる。
大人として対応出来る場面が増えたし、それがほとんどになったとは思うが、時には子供っぽい面が顔を覗かせる。
それはヒカルだけに限らず、アキラだって感情に任せて毒を吐きまくることも、不機嫌を隠さないことも決して無いとは言えない。
ただ―――アキラの方が少しばかり自制心が強く、取り繕うのも上手い。
それだけの差かもしれなかった。
自分の大人度に関してうぬぼれのないアキラには、これから両親へのカミングアウトのことや、何やかやを考えるとまだまだ本当の独立した大人への道のりは長いのだろうかと、気が重くなることもある。
・・・うん・・・きっと今予想しているよりももっとずっと大変なことはあるだろう。
嵐に翻弄されるあまり互いの手を離しそうになって、焦ったりもするかもしれないな。
世間はそんなに甘くないだろう・・・。
それでも、この恋人といつまでも自分は一緒にいるのだろうと、アキラは電車の中で疲れて寄りかかって寝てしまったヒカルの顔をそっと見詰めた―――
ヒカルの腕の中には、さっきの土産物屋の袋。それは、何の変哲も無いごくありふれたものだ。
その中にひしめく黄色いフカフカしたひよこの群れを思い出して、アキラはどこかくすぐったくて温かな気持になる。
そう言えば。
幸せの・・・黄色いハンカチだかリボンだかそういう映画が大昔にあった気がするけど・・・「幸せの黄色いひよこ」なんて言ったら、またヒカルにさみ〜なんてからかわれるかなと、アキラは心の中で笑った。
・・・気持、いい?もっと、声、聞かせて・・・ね、我慢すんなって・・・意地張るなって・・・俺に抱かれて、お前、幸せだろ・・・こんなに幸せなの、ヒカルのせいだって、言って・・・・・・
・・・あ、あ、あぁ・・・しん、ど・・・んー・・・んはっ・・・君、日本語可笑しいぞ・・・あ・・・
・・・言えよ・・・ヒカルに抱かれると、すげーイイって・・・死ぬほど感じるって・・・だってお前の体、こんなにしたの俺だろ?
俺が毎晩抱くから・・・感じさせるから・・・どんどんお前、よくなってる・・・感じ方が、昔と全然ちげーもん・・・ヒカル、上手くなったよって・・・褒めてよお・・・・・・
・・・言うもん、か・・・そんなこと・・・誰が・・・絶対に・・・・・・っ!ああぁーっ・・・・・・・
ベッドのへりに腰掛けたヒカルの逞しい太ももの上に、しっかりと乗せられる格好で背後から穿たれる。
ヒカルの左手はアキラの膝ウラからくぐって、軽々とアキラのしなやかに伸びた足を担ぎ上げている。
綺麗なつま先が快感にピン・・・と伸びて、天井を向いているのが痛々しくも官能的だ。
利き手の右手は、アキラの足を肘で押さえつけてから、そそり立ったものを掴んで離さない。
中途半端な刺激を与えたかと思うと、アキラの意地っ張りぶりに拗ねたヒカルが、絶頂を迎えるのを許さずに何度も根元を締めた。
そのたびにアキラの喉元からほとばしるのは、悦びと苦痛がウラオモテに重なり合った、切ない呻き・・・掠れた声・・・・・・
・・・辛いよな?イけないと男は辛いもんなぁ・・・こんなにお前熱いのに・・・可哀想・・・・・・
・・・はあ、ん・・・っ、っ、っ―――や、だ・・・これ、苦し・・・脚、痛いよ・・・しんどっ・・・・・・
・・・大丈夫・・・痛みは一時だけだって・・・すぐに気持ちよくなるから、さ・・・
俺、後ろからお前を抱くの、大好き・・・ココ、自由に触れるし、お前、後ろの俺に反撃できねーし・・・ふふ・・・・・・
昨日の晩は、いつも通りにアキラがヒカルに抱かれながらも、ヒカルの快感を支配した。
そして今は。
ヒカルが後ろからアキラを抱いて、アキラの快感を自由に操っている。
不安定に揺れて、ヒカルの上から床へと転がりそうになる体を支える為に、アキラの腕は自らを翻弄する者の首に、肩に、腕に、縋りつくしかなくて。
両手をもがくように動かす。腰を折って、深くヒカルに沈める。頭を羞恥に打ち振る。・・・ただただ、声を上げる。
結局。
全てがヒカルを刺激して。
もっと意地悪な仕打ちとなって、自分の体に返ってくるだけなのに。
・・・お前、っちゃくちゃエロい・・・俺、腰なんか使わなくても、このまんまお前の中でイけそう・・・・・・
使わなくてもと言いながら、でもそんな勿体無い我慢はするもんかと。
言葉とは裏腹に、一回だけ大きく腰を突き上げる。
思い通りにアキラの背中がしなって、嬌声が聞こえたのが嬉しくて。
上に乗るアキラの体を、突き放すように。
汗ばむ肌と肌がぶつかる音が、ベッドのきしむ音よりも大きく聞こえるくらいに。
ヒカルは激しく腰を突き上げる・・・何度も・・・何度も・・・・・・・
・・・う・・・あ、ん、―――っ・・・落ちる・・・落ちるよ・・・しんどー・・・しっかり、僕を・・・捕まえて、ろ・・・ああぁぁ・・・・・・
アキラの言葉に、ヒカルの背筋を熱の塊が這い上がる。
奥深くで一層膨らんだヒカル自身が、アキラの敏感な部分を大きく押し広げた。
・・・痛み。それを上回る快感。
ヒカルにイくことを禁じられたアキラのものが、熱の出口を求めて先端から涙を零し始める。
もう、許して、と。もう、楽にさせて欲しい、と。
悶えるように身をよじり、ヒカルの体のあちこちに指を食い込ませ、爪を立てるアキラ。
その耳元で、ヒカルが再び迫った。
・・・言えよ・・・ヒカルが好きだって・・・ヒカルを愛してるって・・・だから、一生ヒカルにしか抱かれないって、認めろ・・・・・・・降参しろ―――
アキラの口元が、声を発さないまま不安定に動く。
形のよい唇が、溢れる唾液に濡れて光を放ちながら、小刻みに震える様子も壮絶に美しい。
その唇がきっと自分の名前を呼んだのだろうと勝手に決め付けて、そう自らを納得させて。
アキラの湿った黒髪に苦しげに歪んだ顔を埋めながら、一足先に昇り詰めたヒカルが体を硬直させた。
同時に、アキラの薄い耳たぶに歯を立てる。
・・・それからアキラ自身を掴んでいた手を緩め、戒めを解いてやる。
息を止めて、全ての動きを止めて。
放出の快感だけに集中したアキラが、やがてゆっくりと絡ませた腕を解き、髪を散らし、全身から力を抜いた。
がくり・・・と。
崩れ落ちるアキラを抱き留めて、その背中に重なると―――ヒカルは息を大きく吸い込む。
・・・はあぁー・・・お前って、イった後、いい匂いがする・・・や、出したもんのこと、言ってんじゃねーよ・・・お前っていつも・・・俺にとっては気になる匂いがする・・・・・・
・・・君、昨日の晩、家に入って来た時もそんなこと言ってたな・・・・・・・
・・・うん、花の匂い、かな・・・何だろう・・・凄くいい・・・そうだ、やっぱお前、花みたいだ・・・近くに来た人間だけに香りを振り撒く・・・・・・
・・・花―――か・・・君は時々、凄いタイミングで凄いことを言う・・・不思議なヤツだ・・・・・・・
・・・え?・・・何のことだろうと。
まだ繋がったままの体勢からヒカルが覗き込んだアキラは、恍惚としていた。
うっとりと・・・それこそ花がほころぶような優雅な微笑をくれる。
塔矢アキラは、俺の花だとヒカルは思う。
決して、俺にしか咲かない。俺の与えるものでしか咲かない、贅沢な花―――
・・・花だったんだよ・・・正確には、花のタネ・・・タイムカプセルに入れた手紙には・・・ただ、花のタネだけを、入れた・・・・・・
アキラの言葉に、驚いて目を見張るヒカル。
本当に?と問いかける、仕草。
うん、そうだよと頷いて、アキラは後ろ手でヒカルの髪をまさぐった。
・・・母が用意していた春に咲く花のタネを入れた・・・きっと、手紙なんかでは書き切れないと思ったんだな・・・君との関係が、いつか実るようにと・・・いつか、未来への新たなタネになるように、と・・・・・・・
アキラの言葉が、自分の想像していたどんなものよりも嬉しくて、ヒカルはもう一度彼を強く抱き直してから。
自分がカプセルに入れたものが何であるのかを、涙声で打ち明けた。
それもまた。
ヒカルにとってアキラがそうしてくれたように、アキラにとっても代えがたい愛情の証だと思えるものだったことは、二人にとっての限りない幸せだった―――