― 有り得ない塔矢アキラ ―
(第一弾…になるかも?)









 ヒカルがアキラと真のパートナーとして認めてもらう、まあ、俗に言えば「アキラを嫁にもらう」(男だが)ために塔矢家に挨拶に行くことが出来たのは、ヒカルがその愛を意識してから二年ほどが経ってからのこと。
 逆を言えば、それだけの時間が必要だったのだ。

「進藤さん…大丈夫?」

 頭を下げたヒカルに向かって、明子は心底心配そうな気の毒そうな顔をして覗き込んで来た。
 行洋はと言えば黙ってはいるが、おそらく明子と似たような感慨なのだろう。

「あっ、はい。大丈夫です!タイトルもとったし、貯金もしたし、料理の腕も上がりました!」
「そう?じゃあ…頑張って」

 そして明子はヒカルの隣できっちり正座している愛息子に向かって言った。

「アキラさん、進藤さんのためにもほどほどに、ね?」
「嫌だなぁ、お母さんったら。僕は普通ですよ」

 ねえ、進藤?とすっかり艶めいた美人に育ったアキラに極上の笑みを向けられては、ヒカルは頷くしかないらしかった。





「あっ!…ヒカ、ルゥ…ああ、ぁ…い、や…ん、んー…」
「アキラ、すげ…っ、お前、こんな…ん、っ…」

 さっきまでの凛とした風情が嘘のように、ヒカルの愛撫に解けては全身で乱れるアキラ。
 ヒカルも無我夢中で抱く。

 二人して唇を貪りながら達すると、目尻に涙を滲ませて赤い唇から吐息を零すアキラを、ヒカルは満足げに見詰めた。

「夢みたいだ…今日、本当に許してもらえたんだな、俺たち…」
「うん…記念日、かも」
「アキラ…」

 ヒカルがもう一回くらいはとアキラの滑らかな内股に手を滑らせ、うなじに唇をあてた時、アキラの口から聞き慣れた言葉が漏れた。

「おなか、すいたね」
「っ!」
「今日が無事に終わってほっとしたし…」

 激しい運動もしちゃったし?…と、まだ焦点の合わないぼんやりとした瞳でヒカルを見上げるアキラは、既に何を食べようか考えているのだろう。
 長い付き合いだ。結婚までする仲だ。ヒカルにはよくよくわかっている。

「何か作ろうか?」

 ヒカルが観念したように言うと、アキラは首を振った。

「昨日お取り寄せして届いたばかりの○○堂のロールケーキがあるから」
「じゃあコーヒー煎れようか」

 にっこりと微笑んで起き上がった、何も身につけていないアキラの肢体を見れば、一体このしなやかで引き締まった美しいカラダのどこにあの食べ物が消えていくのだろうと、ヒカルは稀代のマジックを見ているような気がするのだった。

「美味いか?」
「うん、美味しいよ。君は?」
「いや、お前が食うの見てたら、腹イッパイっつか…」
「君っていつもそう言うんだからー」
「だって」
「だって?」
「ロールケーキ立て続けに三本食うやつ見てたらそうなるだろ…フツー…」
「ふふふ…そうかな」

 天使のような微笑を前にしてヒカルに出来ることは、せいぜいアキラの口元にチョン…とくっついている白いクリームを己の舌で舐め取って、そのまま文字通り甘い甘いキスに雪崩れ込むという妄想を繰り広げることくらいであった。





 「騙された」というと、言葉が悪い。
 意図した訳でもないことはわかっている。
 しかし誰が想像出来るだろうか―――あの塔矢アキラの秘密を。

 …いや、今となっては秘密ということもなかった。
 ただ、アキラが対局中は食事をとらないというのが有名だっただけに、真実を知った時のヒカルの驚きは計り知れないものだった。

 はっきり言えば、アキラは食欲をコントロール出来る。
 もっと言うなら、アキラは類い稀な大食漢である。

 中野の碁会所で、対局が終わった後に出された山盛りのおやつをアキラがペロリと平らげたのを見て、ひっくり返りそうになったこともある。
 更にはアキラの自宅に呼ばれてご馳走になった時も、次から次へとアキラがお代わりをするのをアングリと口を開けて見てしまったりした。

 気付くのが遅れたのは、アキラの食べ方がその量を感じさせないほど、ごく自然に見えるから。顔色ひとつ、変えないから。
 食べ方も決して卑しくない。至って優雅なものだ―――ただ、その量が優雅ではないだけで。

 真実を知ってからのヒカルは、頑張った。
 アキラにだって相当の収入があるとは言え、ヒカルとて人生のパートナーとなるのだから食費は折半するつもりだ。せめてものプライドというやつだ。
 だったら収入は多ければ多いほどいいし、料理も出来た方がいいに決まっている。
 タイトルを目指し、合間には実入りのいい仕事もこなし、「男の料理教室」なるものにも通い。
 それらの涙ぐましい努力は全て、愛しいアキラの食欲を満たしてあげたいがためでもあったのだ。

 アキラとてヒカルに無理をさせたり負担をかけたりはしたくないので、極力自分の食べる分は自分でまかなってはいるのだが、ヒカルのプライドだって踏みにじりたくはなかった。
 その辺を気遣ってはいるのだが、結局、持って生まれた食欲はどうにもならない。
 神秘と言えばそれまでだが、アキラ自身だって己の限界がわからないのだから。





 一年ほど前になるが、アキラが体調を崩したことがあった。
 あれほど様々な食材を摂取しているにも関わらず、たちの悪い肺炎にかかり、しばらく入院までした。
 さすがのアキラもその数日は完全に食欲が失せてしまい、点滴だけで数日持ちこたえた。
 ともかく肺炎自体よりも何よりも、食欲が戻らないことの方がヒカルはじめ、周囲を心配させた。

 その時、ヒカルはしみじみ思ったものだ。

 アキラの大食漢ぶりをもう一度見たい。
 あの端正な顔を少しも損なうことなく、次々と肉だの野菜だのご飯だのを咀嚼していく塔矢アキラを見たい、と。

「進藤…君の味噌汁が飲みたい…」

 回復の兆しが見え、弱々しい声でアキラがそう言った時、ヒカルは不覚にも泣きそうになった。そのくらい、嬉しかった。

「食えっ!どんどん食え、塔矢!お前がどんだけ食っても、俺が面倒見るから!」

 久しぶりに目の当たりにするアキラの見事な食べっぷりに、こんな至福はないとヒカルはしみじみ神に感謝したのだった。





「進藤…嫌だよ、そんなにジロジロ…」
「だって幸せなんだもん、お前が美味そうに食うとこ、見んの」
「何年経っても慣れないなぁ…君も同じだけ食べればいいのにー」
「…いや…それは勘弁」

 ふふふ…そうだね、こんなに食べる人間が一家に二人もいたら破産しちゃうな…と、照れ臭そうなアキラの笑顔こそが、ヒカルにとっては何よりのご馳走だった。

「…何だか打ちたくなった」
「お?腹ごなしの一局といく?」
「その前に昨日のサラダの残りがあったよね。悪くなっちゃうから、それも今、食べておくよ」
「…あー、はいはい。じゃあ、俺、碁盤の用意しとく」
「うん、待っててくれ」

 ロールケーキの後にサラダ…それも多分、大皿いっぱい食えるんだよな。スゲエよな。
 …俺、せめて碁では勝ちたいぜ。

 ブツブツ独り言を繰り出しながらも、ヒカルは明日の朝食のメニューを考え始めていた。














「有り得ない塔矢アキラ」(笑)についてお友達からいただいたアイディアをもとに。
TOPに置いていたら、案外皆さん寛大に受け止め、面白がってくださって・・・ヒカアキスト万歳♪



そして「まなるあぱーと」のまなるさんが描いてくださったのは
シェフヒカルと大食漢のアキラさんです。

・・・ぶっ!何て愉快で萌え(え?)なんだーっ!ヒカルも腕のふるい甲斐があろうというもの。
アキラさんの笑顔も・・・ス・テ・キ(笑)
「おなか、へったね」「まだあるの?嬉しいな」「おいしい、もっと食べたい」などが殺し文句です。

まなるさん、ありがとうございました(^^)










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