―  聞いて欲しい言葉 & 初詣 ―









「…あ、除夜の鐘」
「ん…聞こえるな…っ―…」
「ど、うする?」
「どうするって…」
「いや、止めたいかなって思って… 」

そこでアキラは吹き出した。君、こんな状態で止められるのか―――と。

むき出しの肌と肌とで触れ合っている。
ヒカルの腰の上には申し訳程度に毛布がかかっていたが、アキラの全身にはヒカルが隙間なく被さっているのだ。

上か下かは、あまり関係なかった。

ヒカルはアキラの感じる部分と、自分が好きだと思うアキラの部分が同じで良かったと噛み締めながら、そのうなじや鎖骨、二の腕の内側、そして淡く色づいた胸の頂きなどを、丁寧に愛した。
強く吸えば大きく喘ぎ、柔らかく舐めればため息のような息が漏れる。
その反応が、ヒカルの中の快楽の波も揺らした。開放を求めずにはいられない、うねりを起こした。

アキラもまた、ヒカルの背中を指で辿った。
己が与えられる悦びの大きさを教えるためだけではない。その指先ひとつで、ヒカルの悦びをも自由に操れる至福を味わうために。

知っている。
ヒカルは背骨のこの辺りを羽毛みたいに触ってやると、腰を跳ねさせるということを。
知っている。
わき腹を左右非対称に掌で行き来させれば、たまらず息を弾ませるということを。
知っている。
柔らかい髪に指を差し込んで静かにかき混ぜることも、唇をなぞることも、全てが愛しい人に愛しさを伝える手段だということを。

今も、高まりつつあった。二人一緒に。
激しさはなくとも、深い。
言葉はなくても、会話はある。

相手だけには言えない辛いことだってある。周りを取り巻く全てがうまく運んでいる訳ではない。
それでも絶対にこの手を離さない―――命がある限り。



鐘の音は続いていた。
頭の隅でそれを聞きながら少しずつ高まっていくのは、新年ならではかもしれない。
アキラが苦しげに目を閉じ、長い睫を官能的に震わせた。
ヒカルも額に汗を滲ませ、下腹部に流れ込んだ熱がのた打ち回っているのを感じる。

ひとつになりたいと思う。強烈に思う。
アキラの中に自分を進めて、そのまま突き上げたい。アキラの絹糸のような黒髪が、白いシーツの上で踊るのを見たい。

でも。

まだ、このままでいるのもいいものだと知っている。
互いの腹の間で擦れ合い、濡らし合う二つの欲望を添わせるだけでいい…
このままずっと、相手の欲望の形を確かめ合いながら、四肢を絡めるだけでいい…

「ああぁ―…」

とうとうアキラが全身を強張らせ、甘い声を漏らした。近い。最後が近いのだ。
同時に強く腰を押し付けられ、ヒカルも弾ける一歩手前で息を飲む。

その時、アキラがヒカルの目をもの言いたげに見詰めて来た。

「どうしよう…」
「え…」
「言いたくなった…」
「と、や?」
「言ってもいいか?進藤…聞いて欲しい…ああ、そうして欲しくてたまらない!」
「な、なに…新年の挨拶?」

ヒカルの答えがはぐらかしではなく天然だとわかっているアキラは、小さく笑った。

「愛してる…進藤、愛してる…愛してる…愛して、る…」

こんなにも愛せる人に巡り会えた。
この人生が幸福でなくて何だと言うのだ?

煩悩を払うという鐘の音を聞くたびに剥がれ落ちていくのは、無駄なもの。不安。邪念。
そして生まれた澄んだ心の面(オモテ)は、純粋なものしか映さない。

愛してる、と。
簡単には口にしないアキラが、止め処なく伝えてくれる。
こんな悦びが行く年の最後に、そして新しい年の最初に用意されていたとは、ヒカルは想像もしていなかったのだろう。

「やべ…」

ヒカルが俯く。するとその前髪が、アキラの首筋を掠めた。
身を捩った拍子にまた過敏になった場所が触れ合い、二人の呼吸が一瞬だけ、大きく荒れた。

何かを言おうとして言えずにいるヒカルに向かって、今度はアキラが腕に力をこめて先を促した。

「ほら、あれ、あれだよ…こういう時は、なるだろ…」
「は?」
「男だって…強くたって…な、なるだろうが…っ…」
「あ、うん、そうだな…いいんじゃないか…僕も同じだよ…」

アキラが微笑むと、確かに目尻から一筋の雫が流れ、ヒカルの目からもあっという間に熱い雫が降って来た。

君の涙はもう、僕しか見ることはないし―――僕の涙も、君しか知らない…

それがどんなに最低の暗さでも、或いは、人には理解出来ないささやかな幸せでも、深く、純粋な感情は、お互いにしか見せ合わないものだから。
それが、愛するということなのだから。

アキラの言葉はヒカルの胸に染み渡り、手と手をかたく握ったまま、二人は体を揺らし始める。

深く感じ合って、涙を零しながら愛し合うなんて、初めてのことだ。
何て幸福で、何て尊い行為なのだろう…



もうすぐ
二人の耳に除夜の鐘は聞こえなくなるだろう―――



















参道を埋め尽くす人波に、はぐれないようにと僕らは手を握り合った。
普段だったら絶対にこんなことはしないけれど、この混雑ぶりなら見咎められることもないだろう。

「いつでもどこでもさ、こんなに人が多かったら…堂々と繋いでいられるのかな?」
「それじゃあ大変だよ。まともに歩けない」
「うん、だな。…でもやっぱ嬉しい。お前の手、外で握るとちょっと汗ばんでる…緊張するの?」
「君だって熱いよ」

ぎゅっと、力強く握られた。
横顔を盗み見ると、進藤は笑いたくなるのを堪えているような引きつった表情をしている。
目は真っ直ぐに見据えられ、唇は噛み締められていた。
…何かあるのかと思う。

「あのさ、お前はどんなことお願いするつもり?」
「ええ、どんなって…ありきたりのことかな?多分、健康とか碁のこととか…家族のことも…」
「ふうん…そっか。やっぱねー」
「君は?」

ちょっと小馬鹿にされているような気がして、声が尖ったかもしれない。

「俺はね、お前といっぱい打てますようにって。毎日でも打てますようにって」
「なーんだ!君だって碁のことじゃないか、ふふふ…」
「今年だけじゃねえ。来年も、再来年も…ずっとずっと、死ぬまで一緒に打てますように」
「あ、うん…」
「じいさんになっても、老人ホームに入っても、毎日に打てますように。現役を退いても、打っていられますように。死ぬ日まで毎日毎日…」
「進藤…」

毎日打つということは、つまり、一生共に過ごすこと。
―――結婚と同じだ。

そう思うと、言葉が言葉以上の幸福感で僕を満たしてくれた…

「それから今夜みたいに年越しの時には、愛し合っていられますように」
「っ…」
「一年の最後の瞬間と、一年の最初の瞬間は、愛し合っていられますように。エッチが出来ない年になっちゃっても、裸で同じ布団に寝ていられますように」
「そういうことはもっと小さい声で…」
「裸が寒くて耐えられない年になったら、パジャマ着ててもいいけど、やっぱり同じ布団で寝ていられますように」

たまらず抱きつきたくなった。僕の頬は既に赤いと思う。

混雑が有難い。僕は顔を半分俯け、進藤の肩にもたれかかるようにして彼にくっ付いた。

「死ぬまで一緒にいよう。僕もそれを新年のお願いにする」
「うん…どっちがボケても、寝たきりになっても、一緒にいような。神様に聞き届けてもらえるよう、今年もたくさん頑張ろうな。…長生き、しような」

もう、誰に聞かれてもいいと思った。

結婚するんだから。
いつか絶対に絶対にそうするんだから。
恥ずかしいことも困ることも、止めるものなんて何もない。

すると僕の気持がわかったのか、進藤は僕の肩に手を回した。
僕も迷わず彼の腰に手を回す。
今年…いや、去年の春ごろに完全に身長を抜かれ、今では3センチほどの差があった。



それからようやく辿り着いたお賽銭箱の前で、僕らが同時に一万円札を取り出し、回りの目を引いたのはオマケの笑い話だ。

「奮発してもしょうがないけど…気持ちだけでも、さ?」

苦笑いする進藤に…

「その分贅沢はなしだぞ。買い物も外食も、必要のないお金は使わない」

僕も片目を瞑って返した。

帰り道、初日を見た。
生まれたての神々しい光の中で、僕らは胸を熱くしながら…

もう一度しっかりと、手を繋いだ。













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