― hholy kisso
(バレンタインバージョン)









「今日ね、あの教会の前を車で通ったんだ」
「へえ!」

そう言うと、彼は嬉しそうな顔をこちらに向けた。頬がほんのりピンク色に染まっている。
僕らは彼の部屋でソファに並んで腰掛け、ゆっくりと酒を飲んでいるところだった。

その教会の前を通るのは、二ヵ月前の僕の誕生日以来―――

突き抜けたように冷たい冬の日だったが、一度は完璧に別れ、再び結ばれた僕らは、外の寒さが嘘みたいに身も心も燃え上がっていた。
あれからまだたった二ヶ月しか経っていないなんて信じられない。僕らは僅かな時間を見つけては毎日のように会い、空白を埋めるかのように激しく愛し合った。

「結婚式をやっていたよ」
「へえっ!バレンタインに結婚式かあ…忘れられないよな」
「結婚式の日はいつだろうと忘れられないんじゃないか、当事者たちには…」

まあなと笑った後、進藤がもう一杯?とグラスを指したが、僕は首を振り、それから彼を見詰めた。

「君、随分格好いいことを言ったそうだけど?…チョコレートを渡しに来た子に」
「っは?…何で?」
「言っとくけど、僕が聞き出して回ったんじゃないよ。棋院で噂になっていたから、耳に入っただけだ」
「なっ、なんだよー、その言い方!可愛くねえな」

口を尖らせながらも、彼の目は笑っている。

「今年は全部断っていたらしいが?」
「はっきり義理チョコならいいけどさ、わざわざ手渡ししてくれる子は義理というより、かなり本気じゃんか。だから余計に…さ」
「でも、ひとつだけ受け取った」
「あっ…あー、それ、ね」

彼が、バツが悪そうに頭をかいた。

…見ていた人が言うには、その女の子はこれは進藤先生に作ったものだからどうしても受け取って欲しい、受け取ってくれないならこの場で捨てるとまで言い張ったらしい。
さすがに進藤も受け取らざるを得なかったのだろう。人前だし、その子の立場というものもある。

「今年は有り難くもらうけど、来年からはご免って…言ったらしいな」
「そう。でもそれだけじゃないだろう」
「……」
「おい、ちゃんと俺がその先、何って言ってるか、知ってるんだろ?だからすぐ、噂になったんだろうが」

隣に座る彼が、ぐいぐいと肘で僕の脇腹を押す。子どもみたいな仕草に僕まで顔がほころんだけれど、それを見られたくなくて僕はそっと俯いた。

「…知ってるよ」
「だったら何て?言ってみ?」
「そんな恥ずかしいこと、誰が」
「恥ずかしい?お前が?そんなアホこと、あるか。なあなあ、俺が女の子に何て言ったか、ちゃんと言って?」
「ん、もうっ…」

返事代わりに両腕を彼の背に回すと、片足を振り上げ彼の膝に乗せ、その股間に垂らしてブラブラさせた。更に顔を近付け、すぐにでもキス出来る距離で囁く…

「君の口から聞きたい…聞かせてくれ…ヒカル…」
「…わかった。でも、それを聞いたらお前、もう酒なんか飲んでる場合じゃなくなるぜ?」

言い終わるや否や、唇が重なる。よりを戻してから一体何度キスをしただろう…啄ばむような軽い挨拶程度のものから、酸欠になりそうな濃いものまで。
24時間以上彼からのキスがなければ、自然と恋しくなって胸が痛むほどに。それほどに。僕らはこの二ヶ月、これ以上は無理だというくらい近くにいた。どうしても離れたくなかった。

…でも今は彼の言葉が欲しくて、焦がれるほどに欲しくて、唇を離して目で訴える。

「チョコをもらうのは、今年が最後。命がけで愛してる人がいるから、一生、その人以外からはもらわない―――そう言ったんだ」

甘ったるい雰囲気の中だというのに、その言葉を口にする瞬間だけ、彼の表情は怖いくらい真剣なものになった。
それが嬉しくてならない。彼の、はっとするほど真摯な言葉も、濁りのない澄んだ瞳も、僕が長い間失っていたものだから―――

「じゃあ、これはもらってくれるのか?」

脇に隠しておいた箱を取り出し、彼の胸に押し付けた。

「っ…え、ええっ…アキラ、これっ…」
「愛してる人からだけ、もらうんだろう?」
「やったぁ…お前、男同士でバレンタインなんてって絶対、くれなかったじゃん?だからああ言ったのも、マジでもらえるって期待があったんじゃなくってさ、ただ…そう、ただ、俺の気持ちっていうか。それにこの年でバレンタインもないだろうって、半分本気で思ってた…」

だけど本当に好きなヤツからもらえるとこんなに嬉しいもんなんだなと、彼は潤んだ目を細め、切なげに眉を寄せた。
この顔が好きだ…
何年経っても、この顔を見るたびに愛しいと感じるだろう。二度と迷ったりしないと、幾度でも心が誓うだろう。

「僕もこれから、ちゃんとしなくちゃ…」

互いに溺れ切っていた二ヶ月だったが、これからは将来を見据えて歩いて行こうと新たな決意を胸に抱く。
聞きながら彼は僕の頬に、首筋にと指を滑らせるが、その指先はすっかり熱を帯びていた。

「ちゃんとって…具体的にどういうことさ?バレンタインのチョコを断るって?」
「そうだなー、それもあるだろうけど…まずは大酒も女もギャンブルも控えて…」
「ぶっ!」

僕が茶化して言うと彼が派手にふき出した。息がかかってくすぐったい。

「お前、何、ふざけてんだよ!有り得ないだろ、んな塔矢アキラ…ばあか…」
「ふざけてないよ。君なんか、それに煙草も加わるだろう。どれもこれも止めることだな」
「わーかったって。そろそろ俺も卒業しようかと思ってたとこ。そんで?煙草や遊びも止めて健全な毎日を送るってワケ?」
「健全かどうかは…荒淫に耽るのはよろしくないかもしれないが、打つのと君とするのだけは止められないしなぁ…」
「おまっ…何気にや〜らしいこと言ってる?」
「君だって煙草は止められても、『僕』は止められないだろう」

確かにその通り、と。表面は少しだけザラついているが、しなやかに動く舌が僕のうなじから舐め上がり、最後に耳たぶを優しく含んだ。
同時に胸の敏感な部分をシャツの上から彼の指に捏ねられ、僕は思いっきり上半身を反り返らせて悶えた。
衣擦れの音に混じって二人の息もあがっていき、狭い部屋は隠微な空気で埋め尽くされる…

「碁と、セックスだけ―――昔の俺たちと、どこが違う?」

昔とは、別れる前のまだ若い僕らのことを指している。意地悪な言い方だとわかっていながら、あえてそういう表現を選ぶのは、彼自身の自戒も潜んでいるからだろう。

僕はそれには答えず、自ら彼の頭を抱え込んで深く口付けた。濡れた音を立てながら彼の舌を引きずり出し、まるでそれが咽喉を潤す唯一の果実でもあるかのように貪った。
激しく角度を変え、強弱をつけながら離さないでいると、彼の甘い呻き声が僕の耳を犯す。
すると服の上からでもわかるくらいに僕の下半身も反応し出し、彼が宥めるように大きな手の平で撫で抑えた。

「スゲエな…キスだけでもう、こんな…下着、汚れちゃうよ?」
「君こそ熱いよ、ここ…」
「ナンだよ。すぐ、張り合う」
「煩い」

彼のジーンズの前を開こうとすると、嬉しそうに腰を突き出して来る。早く窮屈なそこから解放してくれと言わんばかりに、彼のそこも恥ずかしいくらいの盛り上がりを見せていた。
僕はソファから滑り降りると、座ったままの彼の股間に顔を埋めた。僕自身のシャツも中途半端にはだけられたままだ。
彼の前を開いた途端に特有の雄の匂いが仄かに立ち昇り、それが僕の欲望の中枢を刺激した。僕は口を開け、下着の上からシミの中心へとむしゃぶりつく。
手は自分でも驚くくらい器用に彼のジーンズを脱がせていたが、それも彼が腰を浮かせて協力してくれたからこそ、だ。

「も、焦らすなっ…じかに、して…」

我慢出来ずに自分から下着を下げる彼。飛び出して来た熱の塊を指先で受け止め、壊れ物のように優しく包んで上下させると、もどかしさに彼の腰が再び揺れた。
彼が僕の頭をそこへと導く。僕は彼のしたいようにさせ、彼の望み通りに猛ったものを咽喉奥にすっぽりと納めた。
すぐには動き出せないほど強く頭を抑えられ、僕はしばらく幹に舌を這わせるのもままならずに、ただ吸いあげるだけだったが、彼が「ああっ…も、動かなくても…こうされてるだけで…すげ、いい…」とうっとりと溜息を漏らすのを聞いて、僕も感じた。
そして感じたままに、体は自然と流れに乗る。

出していいからと声に出したくても出せないから、態度で示した。精一杯の上目遣いで彼を見たまま、僕は口で悦ばせることにひたすら没頭したのだった。



彼の全てを受け止めた後、今度は彼が僕に同じことをした。
完全にソファから落ちた僕らはラグの上で縺れ合い、「俺にもさせろ」と主張する彼に咥えられ、イかされた。その気になった彼に愛されれば、僕の体など呆気ないくらいすぐ、乱れる。
転がった箱からチョコを取り出した彼は、口の中が互いの残滓で苦みばしっているのを和らげようとそれを使ってキスをした。
彼の口で表面が滑らかに溶け始めたチョコの塊。それをキスで僕に押し込み、もっと溶けて崩れたところで、今度は僕が彼に返す。
そうやって互いの口内を行き来するうちに形をなくした甘いお菓子は、本当に僕らの身も心も甘い味わいで満たしてくれたのだった。



「違いは、あるよ…」
「っへ?」

濃厚なキスで煽られた体は二度目の兆しを見せ始めていたが、僕は静かに唇を離すと、心に浮かんだままを目の前の彼に告げていた。

「碁と、セックス。それだけで十分だった…いや、それ以外を見ようとしなかった二年前と、今は違う。きっと、違う」
「アキラ…」

切羽詰った艶声で名前を呼ばれる。
早く繋がりたいという衝動と、僕の言葉を聞きたいという焦りが、彼の眉間に深い皺となって刻まれる。そしてそれが例えようのないほど色っぽかった。

「溺れるように愛し合った…そうしていれば岸に上がらないで済むから…でも今は違う。どんなに溺れても、泳ぎ着く先を僕は探している―――」

この手を離さず、君と一緒に未来へと辿り着きたい。…必ず。

僕の頭や肩を撫で流離っていた彼の手を、しっかりと握った。互いの十指を絡ませ合い、力をこめる。見詰める彼はこの上なく幸せそうに微笑んでくれた。
こうして僕らは離れていた間のお互いを何度も何度も許し合い、その作業こそが未来へと続く尊い道のりでもあったのだ。











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