― HEAVENLY KISS ―









ドアを開けると、微かな匂いがした。

ヒカルは鼻をくんくんさせると、ああ、塔矢が来てるっ!・・・と、本当に声に出してしまってから、転がるようにリビングへと入った。

そこには、ソファに寝そべってくつろいでいるアキラがいた。



「お帰り。」
「わ〜、来てたの?お前今夜は大阪でどうしても断れない接待って言うからさ。」
「その接待はキャンセルになった。君、僕の靴を見てわかったのか?」
「ううん、匂い・・・あ、そっか〜、靴もあったな、そう言えば。でも匂いの方が先にわかった!」
「相変わらず犬みたいだな。僕の匂いでもするのか?」
「するよ〜、するする、塔矢の匂い・・・なーんつーのか・・・。」



言葉で説明することを放棄したヒカルが近寄って来て、そっとアキラの髪を掬ってサラリと落とす。甘えたような仕草だ。

ふ〜ん、髪の毛の匂いか?と、アキラが呟くと、いや〜、それだけじゃねーの・・・と、今度は首筋に流れる。しつこく首筋、うなじ、耳たぶ辺りをさすらうヒカルの手。

冷たさと際どい触れ方の両方で、くすぐったそうに身をよじりながらアキラは、再び問う。

じゃあ、襟足の辺は汗をかきやすいから、その匂いかな?・・・と。アキラ自身も自らの体臭を嗅ごうと、鼻をすん・・・と鳴らした。

いつも清潔で折り目正しいイメージのアキラがそういう動物的な仕草をするだけで、ヒカルの中の何かにスイッチが入る。



「今夜、泊まってけるんだろ?なあ・・・。」
「・・・んふ・・・っ・・・あ・・・しんど・・・。」



返事を聞く前に、ヒカルは手にした荷物の全てを床に放り出して、ソファに王様のように泰然と横座りしているアキラに圧し掛かった。

・・・すぐに、キス。

ヒカルが外から連れてきた冷たい唇も、冷たい手も髪の毛も、冷たい服の感触も。

あっという間に甘ったるくて温もりのある色に塗り替えられていく。

二人は、待ちかねたように絡みだした互いの舌を味わい、心ゆくまで貪った。



「・・・も、風呂入った?石鹸の匂いする・・・髪、ちょっと湿ってる・・・。」
「うん、電車が混んでてヒーター効きすぎてて・・・あれは壊れてたんじゃないかなぁ・・・それで汗かいたから。・・・シャワー借りた。」
「あ、じゃあ俺も浴びてきた方がいいよな?それからゆっくりアッチで・・・。」
「別にいいよ。今すぐでも。・・・おいで。」
「え?いいの?マジ?」
「マジマジ。」



使い慣れない言葉に自分でおかしくなったアキラが、照れくさそうに笑った。こういう風にふざけてヒカルの口調を真似してくれるのも、二人きりの時だけだ。―――決して外では見せない、『ヒカルだけのアキラ』だ。

お許しが出たらもうなりふりかまわないのが、ヒカルらしさでもある。

上半身を起こして、慌てて自分の服を脱ぎにかかる。軽いカットソー一枚のアキラは、その様子を薄笑いを浮かべて見上げていた。

・・・が、やがて。

ヒカルのネクタイの結び目に、まるで碁石を掴む時のように綺麗に伸ばした人差し指を挿し入れて、ぐいと引く。

ヒカルはその力に引かれて、あ・・・と声を上げて揺れた。少しだけかぶさる格好になったまま、アキラが解いていくのに任せる。



「どして?今日は気味ワリイくらい親切じゃん?」
「君からはチョコの匂いがしたよ。食べたのか?」
「へ?・・・ああ・・・チョコ・・・さっき腹減ったから一個だけ開けてつまんだ・・・って、お前、それ気にして?」
「ふ〜ん、あの紙袋がそう?棋院に来てたのはもっとじゃないのか?」
「棋院のヤツは送ってもらう。お前だってそうだろ?この袋の分はさっきの指導碁先でさ。」
「今年はいくつだろうね。去年はダブルスコアだったから。少しはいい勝負になってきたかな?」
「ダブル・・・・・・くっそ、そうだった!俺が50個くらいで、お前が・・・三桁超えて・・・。」
「まあ、そんなのはどうでもいいけど・・・大昔にタイムカプセルを埋めた時に、いつか塔矢のチョコの数を越えてやるって書いてたの、思い出したよ。」
「ああ、それそれっ!お正月にカプセル埋める予定がさ、伸び伸びになっちゃって結局バレンタインの後だったんだよな〜、それでお前のチョコの数見て、むちゃくちゃ頭にキて・・・。」
「君、いきなり手紙に書き加えるとか言い出して。まあ、他にもたいしたこと書いてなかったよね。君の十年後なんて、この程度の予想かっておかしかったよ。」
「だーって・・・18歳くらいで何が考えられるんだよ?俺たち碁漬けの毎日で・・・あの頃はお前ともどうにもなれなくて、かったるくてさ・・・。」
「塔矢の勝率を抜く・・・とか、本因坊を防衛し続けている・・・とか、マトモなこともあったけど、身長が180センチを超えて、ブラピみたいに格好よくなってモテまくって、バレンタインのチョコは塔矢の三倍くらいもらって・・・だったっけ?」
「お前〜、それは思いっきり脚色してるだろっ!?テキトーなこと言うな!」
「あははは・・・適当だってバレたか!でも大体はそんなことばっかりだったよ。」
「な〜、タイムカプセルって人に覚えられてて、意味があるのかよ?十年後に読み返してさ、おお、昔の俺ってば、こ〜んなにカワイイこと書いちゃって・・・とか恥ずかしさにモジモジしちゃうもんだろ?」
「モジモジなんかするもんか!君が。気持ち悪いぞ。」



そんな可愛らしい男か・・・と、すっかり裸になったヒカルを満足気に見上げて、囁いた。

そういや・・・お前は何を書いたか、徹底的に隠し通したな?何を書いたんだ・・・俺に読まれたらマズイことだろ?

いたずらっぽくウィンクすると、今度はアキラの胸に手を入れる。

アキラは両足を開いてヒカルの体を入れてあげると、背中を反らしてため息を漏らした。その白い喉が、そこに息づく筋肉が、ひくりとうごめいたのが目に入って。

ヒカルは一気に体中の血が沸き立つような感覚を覚える。口を開けて舌をひらめかせ、思い切りアキラの咽元に吸い付いた。

そうする間もヒカルの手は止まらない。アキラの下半身をくつろげ、抜け殻のように溜まっている二人分の服を蹴りやった。こういう一連の流れは、荒々しいほど、切羽詰っているほど、快感を強くする。



「塔矢・・・抱かせて。このまま、ここで。愛して、いい?めちゃくちゃ愛したい・・・。」
「ああぁ・・・か、ってに・・・しろ・・・っ・・・。」



悦びの声と同時に、体もそれを表現する。アキラの足が、たまりかねたようにヒカルに絡み付き、そのまま引き付けてきた―――逃がさないとでも言うかのように。

二人の腰が重なり合って、たっぷりした外国製のソファのクッションに沈む。グイグイと押し付けながら、硬くなりつつある欲望の徴を煽った。二人とも、紛れもなく若い男の健やかな体をしている。

みるみるうちに育ってしまったヒカルとアキラの欲望の塊が、芽を出すように弾けて割れ目を現したその先端から、ジワリ・・・と潤み始めていた・・・。



「ほら・・・言ってみろよ・・・何書いたんだ?俺のこと、愛してるって?将来、進藤も僕のことを好きになってくれますようにーっ・・・て?」
「んっ!馬鹿っ!」



開かれた服の中から覗く、アキラの男にしてはスベスベした胸をと、そこに色を添える場所を手のひらで撫でる。

かするだけの愛撫はさざ波のような快感を与え、アキラはもどかしさのあまりヒカルの二つの丸みに爪を立てた。ヒカルの弾力のある若い肌が、そこを揉みしだくアキラの指の形に姿を変える。

イタ・・・と小さく呻いたヒカルは、仕返しとばかりにアキラの胸の感じる部分を、爪先で引っ掻く。続けて今度は、両手の親指を使ってそこをなぶった。潰して。こねて。周りの薄い皮膚をぐるりとなぞって。

親指の方が、人差し指ほど繊細でなくとも自由が利く。親指の無骨な動きで感じさせながら、他の四本の指は胸の脇の方を撫でて、快感を更に大きくさせることが出来るのだ。それは、アキラがより好むやり方でもある。

ヒカルが手と口でアキラを確かめている最中、アキラも黙ってされているだけではない。アキラだって、男だ。されるだけでなく、したい。

自分が下になっている時は、かかとや足のつま先でヒカルの膝から下を器用になぞってくすぐって、刺激する。ヒカルよりもアキラの足の指の方が神経が行き届いているらしく、細やかな動きで膝裏の柔らかい部分やくるぶし周りを突付いた。

ヒカルの背中とお尻とをさすらっていた手も、やがて二人の腰の間に滑り込んでくる。これはヒカルの好きなやり方でもあり、受け入れる側であるアキラが優位に立つ瞬間でもあった。

ヒカルのものを、自分の腹と自分のものの間に挟むようにして擦り合わせる。指先では、ヒカルの先端から溢れるぬめるものを掬っては広げるようにして、皮膚が張り詰めた敏感な部分を愛した。



「んあ・・・今日は、挿れたい・・・お前ん中、いっぱい突いて、いっぱい出しまくりたい・・・。」

目をぎゅっと瞑って訴えるヒカルは、言葉のいやらしさとは裏腹に幼くて可愛い。

「このまま・・・っ・・・一回一緒にイっても・・・いいけど?・・・はぁ・・・どうする?」



・・・そんなに僕が欲しいか?僕の手や唇だけじゃなくて、僕の体、全部が欲しい?僕の全部で愛されたいのか?



耳元で。何度も言葉を変えて囁かれて。吐息を一緒に吹き込まれて。

ヒカルはガクガクとうなづく。前髪から汗がほとばしって、アキラの胸に、顔に、降りかかった。

その一粒が、偶然にもアキラの開かれた口の中に飛び込んできて、それを舌と唇で味わうように、アキラは自分の薄い唇のラインを舐めた。ほのかな塩気が、ピリ・・・と舌先に乗って、目をうっとりと細める。

その姿が扇情的で、ヒカルは傷付いた動物のように低く唸ると、放ちそうになるのをやっとのことで耐えた。アキラがとっさにそれまで握りこんでいた指を離してくれたのにも、助けられた。

こういう我慢するヒカルが、またアキラの好みだった。簡単にイかせてもいいけれど、最後には自分がヒカルに貫かれて感じてしまうことを隠せない今となっては、せめて受け入れるまではヒカルの快感を自分が支配したい。

時にはためらわずに、ヒカルのものを含んで口で感じさせることもする。でも、それは毎回じゃない。感度が鈍くなっている時や、自分がもっともっとこの男を悦ばせたいと興奮している時の為にとってある。

今日はもう十分に感じているらしい。ほとんど裸の肌を重ねてから時間が経っていないのに、ヒカルが頂点に達してしまいそうになるから、アキラも慌てて手を離してやったのだ。



「今日、つけなくていい?ちゃんと洗ってあげるから、もう挿れさせて。我慢出来ないっ!」



ソファから半分ずり落ちているアキラの右足を膝裏から支えて開かせると、背もたれの方にかかっていた左足は肩に担ぐ。中途半端に斜めに座る格好になったアキラを、全身で背もたれに押し付けるようにして、ヒカルは進入を試みた。

一気に突き入れる方がかえってアキラには楽かもしれないが、ヒカルは一度開けたワインのコルクを捩じ込む時のように、ゆっくりと馴染ませながら繋がっていくのが好きだ。

それは、欲望を搾り取られるような強烈だけれどもひとときの快楽よりも、長い時間をかけてジワジワと頭と心を侵食していく、愛情に裏打ちされた快楽だった。

最初の頃は、貫くことが征服欲にも似た男の本能を満たすようでもあったが、今では一つになってからしばらくは動かないで、ただ抱きしめ合って、その部分からジン・・・と甘い熱が広がっていく感覚を楽しむ。これは―――二人ともの好みだった。



「あ、あ、あ・・・奥まで、届いてる?足りなく、ない?俺、お前をいっぱいにしてる?」
「うん・・・感じるよ・・・全部飲み込んでる・・・隙間なんて、ない・・・あぁ・・・また、膨らんだ・・・。」
「だって凄い・・・お前の中・・・動けない・・・も、入ってるだけで・・・出る・・・出ちゃう・・・どうしよう・・・。」

いいよ、おいで・・・と。

さっきはソファの上から声で招かれたみたいに、今度はアキラが体でヒカルを呼んだのがわかる。入り口が絞まり、中がぐん・・・と熱さを増した。ヒカルの汗ばんだ双丘を、アキラの手が揉むようにして一層引き寄せたのが、決定的だった。



「はあぁっ!と、やっ!ん、ん、んー・・・―――っ・・・・・・・っ・・・・・・・。」



歯を食いしばってまで押し殺す、本能のままの声が。それでも自分が放つ瞬間はアキラにも感じて欲しいと、必死で手を伸ばしてアキラ自身を握り込む手つきが。

ヒカルの達する瞬間の全てが、切ないほどに愛しくて―――



熱い手に包まれたところから、自分も耐え切れずに堰を切らせた。リズミカルに飛び出して来るらしい液体が、ヒカルの手と自分たちの腹を濡らしていくのを、皮膚感覚で知る。

アキラはとても自分の射精の様子など直視出来ないが、ヒカルの方はゆとりがある時は、アキラのその瞬間をじっと見ている。無理な体勢でも、首をひねって見ている・・・。

ヒカルは、好きなのだった。

男であるアキラが、自分を受け入れたまま達してしまうなんて、壮絶に色っぽくて感動的だから・・・。そんな瞬間を見られるなんて、どうしたらいい?ってくらいに幸せだから・・・。



ふう〜と息を吐き出しながら、アキラの痙攣するそこを見ていたヒカルも、やがて脱力してアキラに抱きつく。

アキラも心と体の両方を弛緩させて、荒れる息のまま言った。夢を見ているように・・・どこか遠い目で・・・。



「君が欲しいって、書いたよ。タイムカプセルに入れた手紙に。進藤ヒカルが僕だけを見るように・・・僕だけに肌を見せて、触らせて・・・僕だけにキスをさせて・・・されて・・・僕のものになっていますように・・・未来の進藤ヒカルが、全部僕のものに・・・って。」
「ええっ!?本当に?本当にそんなこと、書いたの?あの手紙に・・・。」
「そう・・・十年後の進藤ヒカルが勃つのは僕にだけ・・・挿れたいって思うのも、僕にだけ・・・僕以外とは寝られないようになっていますよう・・・。」
「ひゃ〜、マ、マジですかっ!?そんな際どい・・・っつかエロエロをお前が、18歳のお前が・・・。」
「・・・書く訳ないだろうっ!・・・信じるか?普通!はっはっは・・・。」



ちぇ〜、なーんだぁ・・・やっぱそうだよな・・・塔矢アキラがそんなどっかのエロ小説みたいなダイレクトなこと、書かないよなぁ・・・あったりまえかー・・・・・・



ヒカルのぼやき声は大きくて、まだ繋がっているアキラの芯奥に響いた。抗議しようとしたがただの喘ぎ声になってしまって、そういうのはコトがすんだ後は少しばかり恥ずかしい。

その色っぽい喘ぎ声と、それから同時に体を堅くしたアキラによって、ヒカルはまた刺激を受けて下半身が充血するのを感じる。

このまんまだとすぐにもう一回とか言い出だしてしまいそうで、ヒカルは気を散らそうと話に戻った。



「なあ、あのカプセル・・・十年なんて待たなくていいじゃん?だって俺たち、こうしてるんだし、もういいだろう?時効ってヤツ?・・・明日・・・一緒に掘り出しに行こうぜ。」
「もう?だって、まだ何年あると思ってる・・・。」
「思い出した時が、掘り出し時期って言わねえ?・・・だって二人きりのカプセルなんだもん。誰にも遠慮はいらねえ。俺、もうお前の手紙を想像したら我慢出来なくなったっ!」



・・・じゃあ、あの海に行こうか・・・何年ぶりだろうな・・・君と初めての遠出だった・・・・・



懐かしそうに喋るアキラの黒目が、キラキラと光っているように見える。ヒカルはゆっくりとアキラの中から出て行くと、身を震わせたアキラを再び抱きしめて、言った。



・・・俺も本当は書きたくて、たまらなかった・・・塔矢が俺のことをずっと好きでいてくれますように・・・十年後も一緒にいられますように・・・・・



あの頃は、二人ともが最も苦しい辛抱の時期だった。一番傍にいるのに、手を出してはいけない、まだ早過ぎて駄目だという気持ちと、いっそ触れてしまおう、進んでしまおうという気持ちとが、天秤秤のように左右で揺れていた。

互いの好意は感じていても、それをどういう種類のものへと育てていっていいものか―――迷いの中にいた。



そんな時に、たぎる想いを抑えて書いた手紙と、それからそれを埋めに出掛けた、二人きりの冬の海―――。

遠い日の記憶が二人を襲って、それが切なさと歓喜とない交ぜの空気を作り出した。不意に涙が滲みそうになって鼻を鳴らしたのは、ヒカルの方だった。

達した後のだるさもあってか、体の芯と心の奥が一緒の場所に存在しているようで、そこが熱に疼いている。それは両方が感じていることだった。



ヒカルに密かに好意を寄せる女の子からの本命チョコが混じっているかもしれない紙袋を、横目で見ながら。・・・アキラはそっとヒカルにキスをした。ヒカルも食むように唇を動かして、アキラからのキスを静かに受け止める。



明日、あの場所へ、昔の僕たちに逢いに行こうと―――それは約束の優しいキスだった。












NOVEL