「EVERLASTING COLORS」の番外小ネタになります。
本編未読の方は、ご遠慮下さいませ。衝撃が強いので(^^;
― 欠片 ―

春爛漫のある夕方、僕が仕事から帰宅すると、座敷で進藤が洗濯物を畳んでいた。
すぐ傍では真尋が寝ている。温かい日だったから、お腹にブランケットが掛けられているだけだった。
「ただいま」
「おかえり」
「いつから寝てるの?」
「んー、かれこれ二時間?そろそろ起き出すかも…」
「そうか」
真尋の眠りを妨げないようにと、小声で交わす。
そんな些細なことすらムズ痒いような気分を誘い、僕は目をそらしてしまった。
だが一方の進藤はと言えば至って自然体で、今も僕の戸惑いを知ってか知らずか嬉しそうに手招きをする。
「塔矢、これ」
相変わらず、声は小さい。
「あ…」
進藤が見てみろと差し出したのは、洗いたての僕のシャツ。
―――ではなくて。
そのシャツにちょこんと貼り付いている、薄ピンク色の花びらだった。
「そう、桜の花びら。洗濯物を取り込んでたらさ、このシャツに一枚だけくっ付いてた。この辺に桜の木はないのに、どっかから飛んで来たんだな」
見つけたの、真尋なんだぜ?
このままお父さんのシャツにくっ付けておこうぜって言ったらニコニコしてたんだと、その時の様子を思い出しているような幸せそうな表情で言う。
思わずその花びらに指を伸ばしそうになり、それから感電したように上半身を震わせた僕は、さっとその手を引っ込めた。
「どした?触ってみろよ。スベスベだぜぇ?」
進藤の声が遠くに聞える。視線はその花びらから離せないのに、触れることは出来ない。
たまらなくなった僕は「ご免」とことわると、急いで部屋を出た。
「塔矢?おいっ…」
すぐに進藤が追い掛けて来た。
廊下には春の日差しも差し込まず、夕暮れ時の薄暗さが立ち込めていた。
「…っ!おまっ…泣いてるの…俺、何かした?」
「いやっ…泣いてないよ。すまない、驚かせてしまって…」
泣くつもりなんてなかった。
実際、目が潤んだだけで涙が零れるというほどではなかったが、進藤にしてみればそれは十分泣いていることになるのだろう。
「塔矢。言って。お願いだ」
進藤の声音は優しいのに―――僕の腕を掴む力は強くないのに―――そこには怖いくらいの真剣さが込められているとわかる。
彼は決してズカズカと人の心に踏み込んで来たりはしないが、それでいて時折、どうしても話さなくてはならないような気持ちに僕をさせるのだった。
「…千尋が…」
「えっ…」
「全く同じことをしたことがあった…洗濯物についていた花びらを僕に見せて、笑った…」
桜の木の下を歩いているのだったら、僕の心は準備をすることが出来た。千尋を思い出しても、取り乱さない準備が。
それなのに、こんな不意打ちはひどい。進藤に怒っているのではない。誰を責めているのでもなく、ただひどいと思う。
何の前触れもなく、いきなり桜の花びらが洗濯物についていたなんて、そんな………
沈黙になった。ますます、辺りの暗さが増した気がした。
そして腕が解放されたと思ったら、さっきよりも更に深く、優しい声が僕を包んだのだ。
「塔矢、ありがとな、言ってくれて。これからも嫌じゃなきゃ、もっとちいちゃんの話してよ。俺に遠慮はいらねえって。むしろお前、俺がここに住み始めてから我慢してるんじゃねえ?」
…よくわからない。意識はしていないと思う。
だがしかし、進藤がこの家で一緒に暮らしているという安堵感の裏には、必ずある種の緊張も潜んでいた。
僕はまだ、この親友に心から甘えることが出来ないでいる。
それは、妻を思い出してもそれを言葉で伝えないという事実が物語っているのかもしれない。彼の言う通りなのかもしれない…
僕は首を振ると、ありがとう…とだけ言った。しばらくはそれ以外、言葉が見つからなかった。
「―――千尋は桜が好きだった。まだ、何もわからない赤ん坊の真尋にも見せたがった。その日も、花びらのついた洗濯物ごと大事そうに胸に抱えていた…あの笑顔が忘れられないよ…」
「うん…うん、だよな。忘れられない…それでいいじゃん。俺にとっても、ちいちゃんはスゲエ存在なんだ。だから聞かせてよ」
「スゲエって…変な言い方だな、君」
涙声になるのは止められないが、自然と明るい口調になった。
こんな時にも進藤は感傷に浸るだけでなく、ちゃんと明るい。人として、彼はいつも明るく僕の前に立っている。
だから僕も、光の中に連れ出して貰えるのかもしれない―――
「だってマジでスゲエよ、ちいちゃん!塔矢アキラを幸せにしてくれた。お前にそっくりの真尋を産んでくれた。今でもこの家にいると、俺たちはちいちゃんに守られてるって気がする。ちいちゃんは俺にとっても大事な大事な…特別な人なんだもん」
この花びらはちいちゃんからのメッセージかもしんねえなと、最後は進藤の声も震えていた。
それから僕らは真尋が目を覚ますまでの数分間、一枚の花びらを挟んで佇んでいたのだった。
その日を境に僕は、進藤の前でも真尋の前でも、ようやく亡くなった妻の話を出来るようになった。
三人で桜の花吹雪の中を歩きながら、この花びら全部が人の心の欠片だとしたら、君が言うように今、千尋の愛が降り注いでいるのだと、そんな恥ずかしいことまで僕は進藤に呟いた。
進藤が僕の家に住み始めた最初の春だったから、僕らは互いの距離をはかりかね、手探り状態だったのだろう。
彼の真実など何一つ知らず、千尋にだけでなく彼にも守られていた情けない僕は、数年後に襲い来る嵐を知る由もなく…
進藤ヒカルの横にいながら、亡き妻の面影を追うばかりだった―――
ヒカルの深い献身にアキラが気付いて本編が始まるのは、この二年後くらいでしょうか…
もう書かないと決めたのに書きたくなったのは、色々と心境が変化したせいかもしれませんね(微笑)
NOVEL