― ゴメンナサイ ―









きっかけは、ささいなことだったと思う。もう覚えていないくらい。
でも、ボタンの掛け違いは確かに存在したようで、それが僕らの将来への不安に根差していたとは思いたくなかった。

少し距離を置こう。頭を冷やそう。
きっと僕は、彼に夢中になり過ぎていたのに違いない。

僕からも連絡しなかったけれど、彼からもメールの一つもなかった。



便利な時代だ。
電話をするのは気が引けても、メールだったら簡単に相手の懐に入り込める。
だけど、今それをしたら……たったの数文字で「ごめん」と謝罪の言葉を送ったら。

僕らの関係までも、携帯番号を変えたらもう繋がることさえ不可能な程度の、軽いものに成り下がってしないそうで。
僕は、そうしたくなかったのだ。

そんなものじゃない。
若さゆえの……でも、刹那的な……でも、ない。

頭が固過ぎると、笑うなら笑えばいい。
世間の誰に笑われたとしても、僕はこんな風にしか生きられない人間だ。



……それでも。
一日、一日。過ぎていく時間は容赦なく僕の心を膿ませる。

進藤に会えない、声が聞けない……触れない。
そのことがどれだけ大きいか、僕は僕自身に教えられた。









喧嘩をして十日経った日。
棋院のロビーで僕らはすれ違った。

彼は僕と目を合わせなかった。こちらをチラとも見なかった。
仲間と楽しそうに笑いさざめきながら過ぎる彼を、全身をアンテナにして追っていたのは僕の方だった。
そう、思った……

こんな……こんな呆気なく崩れ去ってしまうものなのか?
僕が信じて来たもの、信じて距離を置いて来たことは……何だったんだろう?

誰にも相談出来ない、泣いて縋ることも、罵倒することも出来ない。
己の立場と、それ故の無力感とに、打ちひしがれていた。



それでも僕は用事で上に行かねばならなかったから、エレベーターに乗り込む。
誰もいない。ほっとする。

目的の階の一つ前で止まってドアが開いた時―――そこに進藤がいた。

驚きのあまり言葉もない僕の手を取って箱から引きずり出すと、彼はどんどん進んで行く。
誰かに見られたかもしれないが、そんなことを気にするゆとりすらなかった。



連れ込まれた部屋は資料室となってはいるものの、殆ど物置のようになっている場所。
その狭い空間に閉じ込められた途端、進藤が抱き締めて来る。
僕も、弾かれたように彼の背中に腕を回した。

言葉なんか、いらなかった。






―――信じられない。
絶対に仲直りなんて出来そうもない、これで終わるのかもしれないと、たった今、彼の仕打ちに心を凍らせたばかりなのに。

触れられた途端、その熱に全部溶かされる。
妙な意地も、拗ねる心も、将来に絶望してたネガティブな自分も、全部全部だ……



ドアに押し付けられた。いや、ぶつけられたと言った方が近い。
今の音は、外に聞こえただろう。
ドアに強く押し付けられた後頭部から、ズリズリと髪が擦れる音がする。
はりつけにされた両手の甲も痛んだ。

何て圧倒的な力だろう……

大きく開けた彼の口が、一瞬だが恐ろしかった。喰われるかと思ったくらいだった。
塞がれた僕の唇はわななき震え、それを宥めるように彼の舌先がグルリとねぶっていった。
耐え切れず開いたそこに入って来たものは、彼の舌だけではなく―――噴き出す情熱の全てだった。



激しく貪り合った。
せわしなく角度を変えながら。
ドアと進藤の間に挟まれて逃げようもない僕の口内は、甘く犯され続けた。

息が苦しくなって、頭の芯がボーッとなる。
混じり合った唾液が顎まで伝うのもまた、新たな刺激になった。

「ん、ぅ……っ……。」
「っぁ……んん、ん……ぅ……。」

堪えても堪えても漏れる喘ぎ。
体のどこかがドアにぶつかる音。

この薄いドア一枚隔てた向こうで、誰かが真剣に打っているのかもしれないというのに。
何て不謹慎で愚かな、僕ら……



やっと唇が離れた時、僕はキスだけで目が潤んでしまうほどに感じていたことを知る。
すぐにでも涙になって零れてしまいそうで、慌てた。

しかし驚いたことに―――
進藤は、もう泣いていた。拭いもせずに流す涙は、彼の意思に反して勝手に流れで来るもののようだ。

僕は指先で、その雫を拭い取る。
わざと乱暴に、痛いくらいに、彼の皮膚を擦ってやった。

「君……こんなことする前に、言うことがあるだろう?」
「忘れた……何か、俺、お前に言うこと、あったっけ?俺ら、何で口もきかなかったの?……お前のそのすました顔、見たら……全部、吹っ飛んだ……ネジが焼き切れて……壊れた、俺……バラバラになりそう……。」
「どっちが!君だって謝るどころか連絡もよこさず……。」
「助けて……俺、ホントにバラバラになって、心も体も、もう、元に戻れそうもない……。」

塔矢……助けて、と。
精悍な顔立ち、逞しく成長した体躯から想像も出来ない、弱々しく、濡れた声がする。



僕に体を預けて来る彼を支え、その頬を包んだ。
しっかりと、目と目を合わせる。

なし崩しにしてしまったのは、他でもない―――君と僕。

でも、今こそ僕は、彼の胸に刻み付けたかった。
さきほどまでも苦しさを、無駄にしたくなかった。



パチン……と、その頬を叩いて目を見開かせる。

「わかったな。これでわかっただろう。どうせ君は僕から離れられない。僕も君を離さない。だから……。」



喧嘩別れして、お互いのいない時間を過ごすくらいなら。

今度からはとっとと謝って―――僕を、抱け。何もかも、かなぐり捨ててみろ……

死ぬまで一秒でも長く、裸の時間を共に過ごすんだ。いいな…………



意地を張るのに疲れ切っていた彼は、僕からの命令とキツイ一瞥によって、息を吹き返した。

結局。
偉そうに突っ張っていた僕も、彼を許し、彼に許され、肩の荷を下ろしたように心が軽くなったのだった。









その夜は待ち切れずに、帰り道にあるホテルに入った。

もう待てない、俺、壊れる寸前だから許して、後で謝る、助けて、何でもするからと。
必死で意味のない言葉を紡ぐ彼の声に煽られて、僕は自ら足を開いた。

自分で自分の膝裏を両手で持ち上げるように支え、彼を受け入れる。
既に反応していた彼のものを円を描くようにしてググッ……っと捻じ込まれ、僕は背中を丸めて耐えた。



十日ぶりに中で感じる彼は、意識が飛びそうになるくらいに悦かった。

実際僕は、何度も何度も悲鳴を上げたと思う。



僕の中に入って来ただけで、彼は痙攣しているかのように小刻みに震えていた。もっと激しく動きたいのところを、必死で耐えているのだ。

彼は長い睫毛を震わせ……その向こうの瞳は、僕を静かに、でも熱く見詰めていた。……とても綺麗だと、思った。

そして彼のものが僕の中で起すさざなみは、僕を限りなく悦ばせてくれたのだった……



―――十日も。
つまらない喧嘩のせいで十日もこのぬくもりを、この悦びを、放棄していたのだと思うと、気が遠くなりそうだ。
後悔なんて薄っぺらな言葉で片付けられない。

失われた時間を取り戻すべく、僕は自ら彼の丸みを掴み、引き寄せ、そこに爪を立て、始まりを告げた。



ようやく、あらゆることへの許しを得た彼は、自らも呻き声を上げながら激しく僕の中に叩きつけ始め……
揺さぶられる僕はもう触ってもらうまでもなく、自身が膨れて弾けそうになっていることを感じていた。

それを知ってか知らずか。
彼は僕の全身を愛撫し、僕の胸の先端を、うなじを、耳の穴を、僕の感じる場所全てを舌と唇でなぞり、吸い上げ……
そのリズムに合わせて腰を動かし、彼自身を僕の最も感じる場所へと擦り付けた。



僕の方こそ、全身がバラバラになりそうだ。

強く閉じたまぶたの裏が、スパークしそうになる。

「ああぁ……とう、や……イイ……凄く、イイッ!」
「ん、ぁ……僕も……イイよ、しんど……もっと……もっと来い……もっと激しくて、大丈夫だ、から………………ぁ、ぁ、あ、ああぁっ―――っ!」

そして僕は、頂を見た―――今まで知らなかった感覚に翻弄されながら。

前を弄られることなく中だけで達ったのは、その時が初めてだった。



僕の先端から勢い良く飛び散るものを、彼がその胸で受け止めるかのように急いで上半身を倒して来る。

その広い胸が大きく上下し、荒い息が僕に掛かかるのがたまらなかった。

たまらないと思うとそれが真っ直ぐに体に駆け降りて、僕は彼を、腕で、中で、同時に締め付けた。



達する瞬間―――

彼が僕の名前を呼んだ後に小さく、この前はゴメンナサイと呟いたのが聞こえて、僕は最中だというのに思わず笑ってしまい……
再び彼に、悦びの声を上げさせたのだった。











NOVEL