― FESTIVAL ―
(後編)
塔矢アキラの女装。
一度は見たいと思ってたけど、それが叶うなんて思っちゃいなかった。
何かの余興でそういう流れになんねーかなって期待しても、当の塔矢がそういうノリじゃねーのは誰だってわかってるし、ましてや塔矢行洋先生の耳にでも入って不興を買ったらとんでもない。
だからこんな幸運が、今日、この時、俺に降って来るなんて思ってもみなかったんだ。
「どんだけ綺麗なんだ、アイツ…」
舞台の上で塔矢は堂々背筋を伸ばしていたけれど、いつもより表情が固い。
…ま、俺以外の誰もそんな僅かな違いを知る者はいないんだけどさ。
俺の隣にいるあかりだって、勿論そんなことには気付いていない筈だ。
「ねえ、塔矢君、イケそうだね!」
「優勝しちゃうかも!」
サークルのメンバーが浮き足立って明るい声をあげてる。
もうすぐ審査員の投票が始まるらしいが、俺にはどうでもいい。
ともかく、塔矢の一世一代の姿を目に焼き付けておこうと一時も視線を逸らさないでいた。
いや、塔矢の緊張具合が心配でハラハラしてるっつーのもあるけど。
ひとりだけ異世界の光をその身に纏ってる天使みたいに、塔矢の女装姿は俺の心を完全につかまえて離さなかった。
「よっ、お疲れさん!」
「進藤…」
舞台から控え室へと戻って来た塔矢を迎える。
着替えやメイク落としくらいは俺が手伝えるからと、部屋からは女子を閉め出しておいた。
「惜しかったな、優勝逃して」
ホントに惜しかった。
僅差だったけど、優勝したヤツは和風美人といった風情の塔矢とは正反対で、どこか外国の血が混じっているみたいな彫りの深い顔立ちだった。
あのレベルになると、どっちが美人かというよりも単に審査員の好みの問題だろう。
「惜しいもんか。みんな、恐ろしいくらい綺麗だったろう。男性だなんて信じられないくらい。女子大なんだから女性同士で美を競うならまだしも、何で僕みたいな男性が…」
「ブツクサ言うなよ、美人が台無し」
「だから!今度美人とか言ったら、殴るぞ」
「こわっ…だってお前、ほんとに…」
ほんと、に………
あーーーっ、俺ってボキャブラリーが足りねえっ!
塔矢に、自分がどんなに俺の心をざわめかせているか、この溢れそうな気持ちを伝えたいと思うのに。
ろくな言葉が見つからなくてもどかしい。地団駄踏みたいくらいに悔しい。
いや、言葉なんかで追いつくもんじゃねーんだろ…元から苦しいくらい惚れて惚れ抜いているんだから、こいつには。
俺が口ごもってると、塔矢はさっさと服を脱ごうと背中を向ける。
「出て行ってくれるか、着替えくらい一人で出来る」
「ちょっ…待って、塔矢。ナンだよ、お前…拗ねてんの?」
「うるさい」
あちゃー…ご機嫌斜めだ。…って、無理もないか、こんなことさせられて嬉しい訳ない。
「塔矢、今日はありがとな。あかりたちのために…」
気持ちを込めて言う。
だけど塔矢は答えない。
どうしたんだろうと、塔矢の正面に回り込もうとするけどさり気なく阻まれる。
そのうち、大きく開いたドレスのバックから見える白い白い背中が、心なしか震え出し…
「君も」
「っは?」
「君も僕が女性だったら良かったと思うのか」
「え…」
塔矢の言ってる意味が、すぐにはわからなかった。
…いや、意味というよりも、そんなことを怒りを滲ませた声で言う理由がわからない。
「塔矢?あの…そんなに嫌だったの?」
「嫌…ああ、嫌だ。人前で女装することがじゃない。みんなが僕の姿を見て、女性だったらと変な夢を見ることがだ―――」
「ちょ、っと待って、塔矢。それってみんな、悪気があるんじゃないんだってば…」
「そんなことわかってる!」
怒鳴りつけられた―――俺の方を振り返りもせず、俯いて肩を震わせたままの塔矢に。
「………」
こんな塔矢、初めて見た。俺は驚きと混乱に、固まる。
俺と付き合い出してからそりゃあ色々なことがあったし、喧嘩だってした。
そのたびに俺達は気持ちを立て直しては互いに手を伸ばし、暗闇の中でも抱き締め合えば何も怖くないと気持ちを確かめ合って来たんだ。
「塔矢…俺に怒ってるんだ?俺がお前をそんな風にしてるんだろ」
「いいから。もう、出てってくれ」
嫌だ、出て行かないと言う代わりに背中から抱き締めた。
「…っ!」
勢いがつき過ぎたせいか塔矢は大きく体を揺らし、はっと息を飲んだ。
「ご免!俺、鈍いからさ、お前の気持ち、わかんなくて。俺の態度がお前を嫌な気持ちにさせてるんなら、謝る。だからお願いだ…」
そんな風に俺に背を向けて心を閉ざさないでくれ―――
ほとんど耳に唇をつけて囁くと、メイクの匂いに混じっていつもの塔矢の匂いが俺の鼻をくすぐる。
こんな時なのに反射的に息を大きく吸い込み、塔矢の匂いをもっともっと俺の体に取り込もうとする。
ああ…なんか、甘くて…頭の芯がボーッとなるくらい、いい匂い…
「進藤…離せ…」
「嫌だ。お前が俺にちゃんと話してくれるまで、このままだ」
「人が来る…見られるかも…」
「いい。見られたって。平気」
「馬鹿なことを言うな」
「どうして?俺はお前を愛してること、誰に知られたっていいんだ」
「そんなっ…」
「お前に迷惑をかけるからそうしないだけ。俺は構わない」
「こんな時に言うことか…」
「こんな時だからだって。お前おかしいよ。俺の気持ち、ちゃんと伝わってない。それがわかった時、すぐにこうして見詰め合わないと駄目だ…」
言いながら、ドレスに包まれたままの塔矢の体を反転させ、俺の方へと向かせた。
黒髪が揺れ、その隙にこれもまた化粧したままの頬を両手で包むと、潤んだ黒い瞳にぶつかる。
塔矢の思ってることがわかる…全部じゃなくても、その核になってる大事な部分は感じられる気がした。
「誤解させたら悪い。お前の女装にはしゃいだのは認めるけど、だからお前が女だったらなんてこれっぽっちも思ったことねえよ」
「そんなこと…わかってる…わかってるんだよ、本当は僕だって…」
君がそんなことを思って僕とのことを悔やんでいるなんてこと、絶対ににないと一番わかっているのは他でもない、僕だ―――
言いながら、次第に俯いて行く塔矢の顔を、静かに、でもしっかりと上げさせる。
もっと言って、続けて…という俺の想いが伝わったらしい。
塔矢が再び口を開く。
「こんなことを思うのは、僕自身が潜在的に思っているからだ。どちらかが女性だったらもっと簡単だったのかなと。…僕の方が弱い」
女装を褒められたくらいでここまで考えるんだからと自嘲気味に言う塔矢を、俺はしっかりと抱き締めた。
こうしてしまうとその目を真っ直ぐに見ることは出来ないが、哀しい瞳ごと丸々コイツを包み込むことが出来るような気がして、そうしたかった。
そろそろ時間的にヤバイことは頭の隅にあったけれど、どうしてもそうしたかった…
「俺、思いやりが足りなかった…今ならわかる」
「進藤、もう、いい…いいから…」
「許してくれるか?俺、やっぱりありのままのお前が好き…男でも女でも関係ないんだ、どんなお前でも好きになったと思う。…や、わかんないけど…女だったら怖くて逆に近寄れなかったも」
「な、何だとっ…」
「あはははっ、やっとそういう顔した!俺、お前が自分が悪い…みたいな顔してるの、好きじゃねーよ。さっき舞台でしてたみたいに、ツンケンした方が好き」
「ツンケンって…そんな顔してたのか、僕は?」
今度は目尻がちょっとだけ下がって、その周りがほんのり染まった気がした。
「うん、見るなら見ろ、女装くらいどうってことないって冷ややかな顔でさ、それがお前のキャラにスゲー合ってた」
きっとそういう内面を映す表情もまた、塔矢の得点に繋がったんじゃないかと思う。
塔矢はさっき舞台で味わった感覚を思い出したみたいで、ほうっ…と小さな溜息をついた。
「碁の取材とは全く違う視線だったな…確かに…」
「取材とかカメラとか、慣れてるだろ?緊張している感じはなかったけど?」
そこで塔矢はふっと微笑みになる。
「当たり前だろう。子どもの頃から注目されることには慣れてるし、プロになってからは父と一緒に何度も取材を受けて来たんだ。そういうのは平気だ」
「げっ…その余裕の微笑みはナンだよ、ムカつくな〜」
とはいえ、俺の語尾は二人分の笑い声に紛れ、俺達はようやく心からリラックスして笑顔を交わすことが出来た。
「塔矢君、ヒカル…どう?着替え、済んだ?」
あかりの声が聞えた時、俺達はキスに夢中だった。
危険は承知の上、それでもどうしてもしたい時ってあるだろう。
今、ここでキスしなきゃ駄目だろうって時が、あるだろう…
唇を重ねる直前、俺の親指の腹で塔矢の口紅を拭ってみたけど、それくらいじゃ完全に取れていないだろう。
だからきっと今、俺の唇も赤く染まっている筈だ。
あかりたちが選んだ色は深い赤い色だったから、鮮やかなピンク色よりはマシかな?
唇で唇を食べるようにして紅を舐め取る行為は、女装している塔矢としか味わえないと思うと、ますます昂奮が募る。
止められない。どうしよう…
舌も思いっきり深く突っ込んで、激しく絡めて、唾液を啜るように咽喉を鳴らしながら吸い上げる………
「ヒカル!どんだけかかってるの!」
あかりの大声に、俺達は飛び上るようにして離れた。
まるで部屋の中で俺達がしていることを見透したみたいな口ぶりにも、情けないくらいドキドキする。
「進藤…あかりさんは知ってる」
その時、塔矢が低く、素早く言った。俺よりも遥かに落ち着いている。
「…え?」
「僕らのことを知ってるんだ、だから心配して…」
「ちょ、ちょっと待って…マジ?あかりが?」
驚きに腰が抜けそうになってる俺の唇を、今度は塔矢が指で拭ってくれた。
その顔が…俺の唇を節目がちに見詰める塔矢の目元が、追い込まれたような余裕のない表情が、息が止まりそうなほど綺麗で、色っぽくて―――それはメイクをしているしていない関わらず、元々塔矢自身が持っているものから来ている。
「ご免なさい、藤崎さん。ハイヒールの足が痛くて、他の着替えが済んでいないんだ。もう少し、待ってもらえますか?」
相変わらず、激しいキスの直後とは思えない冷静な塔矢を、俺は息を詰めて見詰める。
やや間があってから、あかりから「わかったわ。足、無理させちゃってご免なさいね」と返事があった。
俺はもう、何が何だか…頭がついていけない。
それでも一方では、塔矢への愛しさで胸が詰まる。何かが溢れそうだ…
「あかりのこと、後で聞かせてくれ。今は…ああっ、今、お前をこのままどこかへ連れ去りてえっ…女装がどうのってんじゃないんだ、恰好は関係ない。目の前のお前を丸ごと、俺だけのものにしたい…」
外に聞えないようにと出来るだけ抑えて言うけれど、言葉にすればするほどまた昂奮して来る。
今日の俺は変だ。おかしい。
奇跡のような塔矢の女装に、完全にイカレちゃったんだろうか…
すると、塔矢はそんな俺を子どもをあやすような優しい笑顔で許してくれた。
「いいよ…君が望むなら、このままの恰好で帰ろう。僕は構わない」
堂々と言い放つ塔矢に、度肝を抜かされた。
どうやら本気らしい。冗談でもこういうことを言うヤツじゃないのは、俺が一番知ってるから。
だからかえって俺の気持ちも固まった。
「嬉しいこと言ってくれるけど、それはいい。その恰好はもう十分見せてもらったし、これ以上他人に見せたくねえ」
そう言いながらコートを羽織らせる。ドレスの裾は見えるけど、校門まで出てすぐにタクシーを拾えばいい。
顔のメイクは…辺りは暗くなり始めているから、俯いてりゃよく見えないだろう。そのくらい仕方ない。
コートを着た塔矢の肩を抱いて促すと、荷物を持って部屋から出た。
ドアの外には、案の定あかりが心配そうな顔で立っていた。
…ああ、コイツ、ほんとのほんとに知ってるんだな、俺達のこと…
さぞ驚いただろう。すぐには受け入れ難かったかもしれない。
それでもあかりは何も言わず、俺にも塔矢にも変わらない態度で接してくれた。
こんな大事な友達に秘密を抱えさせて悪かったと、あかりにすまない気持ちがした。
近いうちにきちんと話をしよう、感謝の気持ちを伝えようと心に誓う。
…でも今は。
「塔矢、このまま連れて帰るからさ、申し訳ないけど衣装とか靴とか明日届ける。いいか?」
あかりの前だっていうのに、俺は塔矢の肩を抱いた手を引っ込めることが出来なかった。
二人きりになってから、塔矢は「どうせ余興の一つだと思われたさ、学園祭の真っ最中だもの」と軽く笑い飛ばしてみせたが、俺は大真面目に返事をした。
―――だから二度と女装のお前と歩きたくはない。一生、あんなことはなくていい。
俺はありのままの塔矢アキラと手を繋いで歩きたい。男同士だって好きだと言いたい。
それが現実的じゃないとしても、俺の心はそれしか求めていないってわかったんだ―――
すると塔矢はジワジワと泣き笑のような表情になり、二人だけの時にしか聞けない甘さの混じる声で言った。
「女装したのが君でなく、僕で良かった…もう二度と見せられないからね…」
どうか今夜はこのままの僕を抱いて欲しい…と縋り付いて来たドレスに包まれたしなやかな体を、震える手で抱きとめた。
俺が欲しいものは女装の塔矢アキラを抱く歪んだ楽しみなんかじゃなく、その姿の奥に隠された熱を貪ることだとわかっているからこその、塔矢の望みだった。
リク主のSY様、長らくお待ち下さり、その優しさに感謝いたします。
日頃から大変お世話になっている、そのお礼の一部にもならないかもしれませんが
心をこめて捧げます。
ありがとうございました(^^)
NOVEL