― FESTIVAL ―
(前編)






一体全体どうしてこんなことになったのか、訳がわかならない。
呆然としている僕のことを、締まりのないデレデレした顔で見詰めて来る恋人を前にして、僕は仕方がないとは言え、心から彼を―――そしてこの状況を―――忌々しく思うのだった。



大学の学園祭に関わるなんて、初めての経験だった。しかもこの大学は………………まあ、いい。それは置いといて。
進藤の幼馴染である藤崎あかりさんが進学先の大学で囲碁サークルを作ったことは聞いていたが、今回はそこの学園祭において指導碁をして欲しいと依頼をされたのだ。
詰め碁クイズや多面打ち、近隣の小学生を集めての子ども囲碁大会や、果ては人間を碁石に見立てての巨大九路盤対決など、愉快な企画が目白押しだという。

藤崎さんによると、サークルは比較的簡単に作れるものの、すぐには部として認められない。実績や、ニーズが必要なのだ。
ただ、今回の学園祭で活躍すれば一気に学校側の注目を集め、部昇格への近道がつくだろうということで、僕らは最大の助っ人として借り出されたという訳だ。

「楽しんでる?」
「ああ、楽しいよ…時々、居心地が悪くなる時もあるが」
「は?どーして」
「いや、その…視線を感じる、というか」
「はい?」
「だってここ…」
「ああ、女子大だもんな!女子の熱い視線ってことだな!」
「はっきり言うな」

渋い顔をすると、余計に嬉しそうにする。僕の恋人は人が悪い。

「だけど逆に驚いてもいるよ。女子大の学園祭なのに、男性だらけだ」
「だろ?だから気にしないでいいって、あかりも言ってたんだよ。今日だけは男子ウェルカ〜ム!ってことだ」
「君、本当に嬉しそうだな…」
「はあぁ?んなこたねーよ、いっつも身近で美人を見てるから、目が慣れちまって」
「…っ、美人って…そんな言い方するな!」
「あれ?自分のことだって思ったの?お前、自意識過剰ってヤツじゃね?」

からかうような口調の進藤を、今度こそ本当に睨み付けた。こんな場所で、ということが一層にくったらしい。

「あっ!こっちこっち!ヒカル!待ってたのよ〜、早速他面打ち、お願いするわ。塔矢先生もありがとう!」

声のした方を見ると、藤崎さんが慌てた様子で手を振っている。
挨拶もそこそこに席に案内されると、僕らを見たギャラリーが一斉にどよめいた。
その声すらも、甲高い。普段、僕らが耳にする声よりもオクターブは高い。
さすが女子大だと、思わず腰が引けてしまう感覚が抜けないでいる僕だったが、進藤はあっという間に馴染んでいるようだ。

………進藤、それ以上嬉しそうにしたら君、後で酷いぞ。覚えてろ。

「塔矢先生、お願いします。この小学生たち、結構打てるんですよ〜、舐めてかかったら大変だから!」

そう言って藤崎さんが示す先には、十面ばかりの碁盤が横一列に並べられ、そこにはズラッと小さい子も大きな子も、如何にも小学生と思しき連中が緊張の面持ちで僕を待っていた。

「お願いします」

にっこりと笑うと、子どもらは弾かれたように元気良く頭を下げた。
横で進藤ヒカルが楽しそうに石を置く軽快な音が聞え、それが僕の心まで軽くしてくれたのだった。



その後の人間囲碁大会は圧巻だった。
石になった人も大変だ。さすがにあの役目は出来ない。僕らは解説の係で、マイクまで用意されていた。
どうやらこの日の外会場におけるメインイベントの一つだったらしく、大会は大賑わいのうちに幕を閉じた。
その後、控え室で一緒に遅いお昼でもと誘われたが、進藤はあっさりそれを断った。驚いて、僕は彼を見る。

「だってさ、折角なんだからお前とあちこち回りたいじゃん?メインストリートの銀杏並木、スゲエ綺麗だったし」

………そういうことか、なるほど。まあ、それならそれでいい。

「学内で手は繋げないけどな。…って、今時の女子はさ、男子が仲良しなの喜ぶんだっけ?」

………君はいつも一言余計だ。黙れ。

しかし、学園祭というのは共学に比べて小規模の女子大でもそれなりに模擬店も出ているし、バンド演奏やクイズ大会などの大音量の催しも多い。
僕らはブラブラと歩く合間にも、棋士としての僕らを知る人に声を掛けられたり、サインを求められたりもした。
初めての経験に、心が浮き立つのを認めざるを得ない。

「ん?あかりからメールだ」

模擬店の一つでコーヒーを飲んでいる時のことだ。
お給仕をしてくれるメイドさんの過剰に女性らしさを強調した衣装が照れ臭くて、居心地がいいような悪いような何とも言えない気分で僕は座っていた。

「おい、塔矢。何だか大変なことになってるって…SOSだって…ちょっと行ってみよう!」

―――大変?…SOS?
何事かと訝しく思いながら、僕らは藤崎さんが待つ講堂へと向かった。










「女装っ!?おまっ…何、言いやがるっ!?」

進藤の大声が耳に響いて、僕の方は抗議の声を上げるのが一拍遅れた。

「お願い!ヒカルだったら絶対にイイ線、いく!衣装もジャストサイズだし、メイクもこっちでバッチリやらせてもらう!」
「あかり〜、ここまで協力してやってその上…女装までしろってどういうことだよ?いい加減にしろっつーの!」
「だって!優勝賞品、凄いいいのよ〜、カフェテリアの無料券でさ、これ換金するとどれだけいい碁盤や碁石、詰め碁集とか買えると思ってるの!」
「そんなんどうでもいいだろ?」
「いいや!どうでもよくない!ここまで来たら、女の意地があるのよ!」
「オンナの意地〜っ?」

藤崎さんと、サークルメンバーの迫力は、見ているこちらまでたじたじになるほどだった。真剣に優勝を狙っているらしい。凄い。

藤崎さんが進藤に女装して欲しいと頼んで来た理由はこうだ。
これから今年のメインイベント、サークル対抗「男性による女装コンテスト」があるのだが、彼女たちが頼んだサークルメンバーの親戚が急病になった。
誰か代理を頼もうにも、時間がない。今、キャンパス内にいる誰かを捕まえるしかない。
そこで、藤崎さんの頭に浮かんだのは進藤だった…という訳だ。

予想もしなかった出来事に言葉を失っていた僕の方を、進藤が助けを求めるような目で見るが…どうしようもないじゃないか!
女性が獲物をロックオンした時の気迫たるや、男性の比ではない。碁だって、女性に力碁が案外多かったりするのだ。

「そうだ…」

進藤の視線の先を追って僕の方を見た藤崎さんが、何かを思いついたように目を見開いたのは、そろそろ真面目に進藤を助け出さねばと思い始めた時―――

「塔矢先生?」
「はい?」
「ちょっといいかな?ヒカル、そこで待ってて。塔矢先生と話があるから」
「えっ…話って…あっ!」

人の話なんか聞いちゃあ、いない。女性とは、すべからくこういうものか?
藤崎さんに手を引かれ控え室の外に出ると、丁度女装コンテストに出場するらしい一団が楽しそうに喋りながら通り過ぎた。
男性が女装して、メイクをしているのは一目瞭然だが…

…だが、案外ひどいものでもない。

もっと滑稽で、失笑せざるを得ないものかと思っていたが、やりようによっては見られたもんじゃないということも、ない。
そう言えば、僕の知る女装とは門下の誰それがふざけて笑いを取るためにするようなものだったっけ。

「ね?男性だって、こちらの腕次第では十分、綺麗に出来るものなのよ?」
「藤崎さん…でも、進藤というのは…」
「ねえ、塔矢君。ヒカルがあんなに可愛くなっちゃってさ、ちやほやされたらどうするの?」
「どうするって…」

急に、藤崎さんの口調が変わった。さっぱりとして明るい彼女が、妙にねっとりとした言い回しをしたのだ。

「ヒカルが優勝して注目でも浴びたら…嫉妬、しちゃわない?」
「…っ!」
「勿論、ヒカルが女性にモテて同じ男性として悔しいとか羨ましい、の意味じゃないわよ。好きな人が異性にモテるのは、誰だって気持ちがいいものじゃないからさー」
「藤崎さん…何が言いたいんだ?」
「つまり―――塔矢君がヒカルの代わりに出てくれても、あたしたちは大歓迎ってことよ!」

そこで思いっきり背中を叩かれた。う…結構痛い。
おまけにいつの間にか、「塔矢先生」が「塔矢君」に呼び名まで変わっている。
女性とは、こうまでしたたかなものなのか…



―――つまり。
藤崎さんは進藤と僕の仲に勘付いていた。
どうやら、僕が車で進藤を送った時、近所に停めた車内でお別れの…つまり、その…お別れのキス、をしていたところを見られたらしい。
それで一遍に、進藤と僕に関するこれまでの出来事が繋がったのだと。

僕は恥ずかしさと照れとで、藤崎さんの目が真っ直ぐに見られなくなってしまった。

「ヒカルは、あたしが二人のことに気付いてるって知らない。まだ言わない方が、いいいのかなって」
「あっ…うん…それは、知らないふりを通してもらえるのならば…」

進藤だったら別に人に知られてもいいと言うだろう。そしてそれは嘘ではない。
だがしかし、僕のことを気遣うが故に、出来るだけ人には知られない方がいいだろうと思っていることも、また真実だ。

自分のためでなく、僕のために。
そして、自らの安易な行動で身近な人に知られてしまったことを進藤が悔やむのも、目に見ている。
…まだ。まだもう少し、藤崎さんには黙っていて欲しいと僕は素直にお願いした。

そして藤崎さんが僕らに望んでいることは、私欲ではなく純粋に囲碁部のためであり、彼女自身も本当に囲碁が好きなのだということは、この数時間を共に過ごしただけでも十分伝わった。
今だって、彼女ははっきりと脅しをかけて来たのではない。あくまでも友人に助けて欲しい、それには進藤でも僕でもいいから、というのだ。

実際、進藤と僕のどちらが女装しても、大した問題ではないのだろう。
藤崎さんは進藤の恋人として僕を認め、そして選択権を僕に与えてくれたのだ。

だから―――

「あのっ…藤崎さん…」

藤崎さんの方に向き直った僕を、彼女のキラキラと期待に輝く瞳が捉えた。

「二人とも…っていうのは…」

僕なりの精一杯の…いや、はっきり言おう、ギッリギリの譲歩案―――だ。
おずおずと、相手を窺うように訊ねる自分が嫌でならないが、自然にそうなってしまう。

「あーっ!イケメンのダブル女装!うーんうーん、それもすっごくオイシイんだけど…残念ながら一サークル一人しかエントリー出来ないし、そもそも衣装を一人分しか用意してないの。それに衣装に合う靴だって、サイズが大きくないと駄目でしょう?」

何せ27センチのハイヒールなんだからと藤崎さんが微笑むのを見て、僕は観念せざるを得ないと腹を括ったのだった。










「綺麗だ…お前、ヤバイ…ヤバイよ、綺麗過ぎ―――」

それは、衣装に着替えて部屋から出て来た僕を見た進藤の第一声だった。
周りには人がいるから、僕の傍に近寄って囁くような声ではあったが、抑えた調子だからこそ滲む隠しようのない彼の感激ぶりが伝わって―――複雑だ。
男性であるのに、女装姿を美しいと同じ男性でもあり、恋人である彼に褒められて、果たして素直に喜べるものか!

「肌が呼吸出来ていない気がする…」
「ただでさえツルツルの肌だもんなー、化粧のノリが良過ぎんじゃね?」

………知ったような口をきくな。誰がツルツルの肌だ。そんなに何度も触ったことがあるのか。

時間がないからと急ごしらえのメイクだと藤崎さんたちは言っていたが、それでも僕は自分の顔に生まれて初めてゴテゴテとクリームだのファンデーションなど塗りたくられて、気持ちのいいものではなかった。
眉は整える必要がないなどと喜ばれていたが、果たしてそれも男性としていいんだか何だか。
口紅を引かれる時など自然と目を閉じてしまい、そんな自分に戸惑いを隠せない。

「足元だけでなく、あちこちスースーと風通しがいい…」
「ちょっと寒そうだよな?…あ、フェイクファーのストールがあるんだ!ひゃーっ、大女優みてえ!塔矢、肩にかけてかけて!」

………はしゃぐな、このミーハーめ。一体、誰の身代わりだと思ってる?…というか。
僕が女装してもいいと言った時、反対するどころか一番喜んだのはどこのどいつだ??

衣装は体にピッタリしたマーメイドラインというものらしく、背中も大胆に開いており、光沢のあるオフホワイト色だった。
コンセプトは「アカデミー賞受賞式に出席する主演女優賞候補」だそうだ。
それよりもいっそ教会に行けばこのまま式を挙げられそうとは、誰かが揶揄して言った言葉だ。

恥ずかしい…やっぱり恥ずかしくて恥ずかしくて死にそうだ…どうしてこんなこと、引き受けてしまったのだろう………

だが同時に、進藤に対して「恥ずかしい」などという言葉を口にすることすら羞恥の極みでしかなく、僕は精一杯平静を装うしかなかった。
実際は引き攣った顔をしていたのだろうが、それを見て周囲は勝手に「さすが人に見られることに慣れている人は違う」とか「クールビューティとは彼のためにあるんだわ」とか、二度と思い出したくないようなことばかり口にする。

しかし、問題はそこではなかった。意外な落とし穴が、すぐそこでぱっくりと口を開けて待っていたのだ。
一種の興奮状態の中、進藤が何気なく放った短い言葉が、僕の胸を棘のように刺す―――



「塔矢、お前、女じゃなくて残念だったな!」



―――じゃあ。
じゃあ君は僕が女性だったら良かったのかと、あっという間に自分の言ったことなど忘れている進藤のはしゃいだ様子を見詰めながら、僕は心の中でジワジワと広がる苦いものを感じていた。

わかっている。よく、わかっているさ。
進藤の言葉は、表の顔をした塔矢アキラに対して、表の顔をした進藤ヒカルが、「友達として飛ばした冗談」でしかないと。
それなのに、一旦進藤の声で耳にした言葉は、目に見えない破壊力で僕を蝕み始めた………



「塔矢君!コンテストが始まるから、急いで!」

藤崎さんの声にはっと我に返った僕は、進藤に手を引かれて歩き出した。
いっぱしに、女性をエスコートしている気分なのか?何様のつもりだ?
確かに僕は慣れないヒールと、ドレスの裾さばきに苦労していたが、僕を本当の女性のように扱う進藤の態度が、更に僕を逆撫でした。















(続く〜^^;)

いつか来るかなーと思っていましたが(笑)
5555のキリリクでいただいたリクが「女装するアキラ」でした。
思いっきりラブコメディにしようかとも思ったんですが
何となくシリアス&えろえろ路線に突っ込みそうです・・・懺悔。
リクをくださったS.Y.様には、長年サイトにお越しくださって、口では言えないほどお世話になりまくってます!!
ありがとうございます〜、後編もどうか楽しんでいただけますように〜(^^)

2009年11月28日 紫里

NOVEL