― 塔矢アキラ 不良化計画(?) ―
(後編)
【2004年度作品】





ラブホテルで有名なその一角に足を踏み入れるのは、アキラどころかヒカルだって初めてだ。
いつも飲んだ後にこの辺を通りかかっては、寄り添って消えていくカップルを羨ましく思わない筈もない。何たって、お年頃だ。

好きな人を意識すれば当然体も込みで考えるし、今まさに告白し合って想いを確認しあった二人としては、一刻も早く二人きりになりたい。
そして、思いっきりぶつかり合いたい。
体をドン……なんて小突くしかない子供っぽいじゃれ合いではなく―――もっと深く激しく全てを見せ合う、熱い触れ合いが欲しい。



その界隈に辿り着くと、一気に現実が迫ってくる。
満室のランプが点いているところばかりだ。
それでも絶対に諦め切れないというのが、言葉を交わさなくても互いの本音だったろう。……どちらも引き返そうとは言い出さない。

「そんなにすれ違ったりしないもんだな。思ったよりも人が少ない。」
「あ、うん……そうだな。」
「でももうどこも一杯だなんて。不思議だな。そんなにみんな二人になりたいんだ。……したいものなんだ。」

アキラが冷静に言うのを聞いて、ヒカルの焦りが募る。

「お前、そんな落ち着いて言うなよぉ……もしかして、もう嫌になっちゃった?こんな寒空に連れ回されて……しかも、誕生日……。」
「連れ回されてる?僕はそういう受身で考えてないけど。君だって僕に連れ回されているとも言えるだろう?・・・・・・誕生日はいいんだって……。」
「あー、そだな。言い方、悪かった。うん……俺たち、どっちが余計に好きとか、そんなんじゃねーよな?一緒だよな……。」
「一緒だよ……好きの気持ちは……きっと同じくらい重くて、大事だ。」

アキラが握る手に、今夜何度目かの力を込めた。
外気の冷たさが嘘のように、二人の繋がれた手と手はじっとりと汗ばんでいる……。

「塔矢……ううー、やっぱこのまま帰るの、絶対にヤダッ!もっと、もっと一緒にいたいィ……。」

自分でもこんなに情けなくて甘ったるい声が出せるなんて、知らなかった。

人を好きだと意識してそれを隠さないということは、自分が変ること。
いつもは碁が絡むと憎たらしいくらいに思っていた筈なのに、その塔矢アキラに対してここまで気持ちも体も反応して執着するなんて―――ヒカルには驚きでしかない。



でも、錯覚じゃない。誤魔化しようもない。

これは本物だって、感じている。……知っている。



「じゃあ、どっか他へ行く?駅に戻れば普通のホテルだっていくつかあるし、今からでも大丈夫かも。」
「……っあ!見て、あそこ。空いてる。……駅までなんて待てねーよっ!行こっ!」

ぐいと引かれて、あっと言う間もなく建物の中へと足を踏み入れる。
それからは。
アキラにとってはもう、アタフタしているうちにヒカルの勢いに押されたといった感じで全てが過ぎていった。






気が付いたら、部屋の中でドアが閉まる音を聞いていた。
暖房のきいた部屋は、生暖かくて隠微な雰囲気が充満している。
ヒカルがどう感じているかはわからないが、アキラはその雰囲気に戸惑いを隠せなかった。

今まで寒い外にいたから、そのギャップも大きい。
温かい空気に包まれて全身がだるくなっていくのを感じていたら、ヒカルがしがみ付くみたいにぎゅう……と、抱き締めてきた。

……衣擦れの音が響く。
うっすらかかっているBGMに、その時初めて気が付いた。

「塔矢……今、嫌そうな顔してた……こんなとこ、嫌だった?」
「んー……嫌じゃないけど、不思議な感じがした……だってさっきまで本当にナンパして、いつかは女性と来るところだとばかり思ってたから……。」
「お前……マジでそこまで考えてたの?本当にオンナ連れ込んじゃおうかって?うわ……。」
「だから僕だって男なんだぞ。悪いことや遊びを覚えようとしてたんだぞ。進藤……。」
「じゃあ俺……言っちゃって良かったのかな……付き合わないかって、俺がさっき言わなきゃ、お前はいつかオンナを知って、俺のことなーんも思わない、ただの友達でオッケーになったかもしれないのに……。」

ヒカルはアキラの体に腕を回したまま、目と目を合わせてくる。
小首を傾げるような仕草がヒカルの不安を表しているようで、アキラはじっと次の言葉を待つ。

「塔矢……もう、オンナ抱けないよ?俺、一度しちゃったら、絶対に……離さないもん、お前のこと―――。」

俺としかこんなことしちゃ駄目だからな……と囁いた声は、すぐに合わせられた唇と唇の間に押し潰されて、消えてしまった…………。






道端では遠慮がちだった初めてのキスも、ここでは誰に見られる心配もない。邪魔だってされない。

慣れていないのはお互い様だ。
ぎこちなく唇を合わせているうちに、唇は薄く開いて舌同士が触れ合って、やがてどちらかが相手の舌を吸うことを覚え、もう片方も真似をして。



背筋に震えのさざ波が起こる。全身に流れていく……。



くすぐったい……でも、気持ちがいい。こんな感覚、知らなかった。



気持ちのいいことをされたら、同じことを返してあげればいいんだ……ただ、それだけのことなんだ。
愛し合うってことは―――。



ヒカルにもアキラにも、そう知ることの出来た夜になった。






「……俺、そろそろヤバイかも……。」

先に切羽詰った声を上げたのは、ヒカルの方だった。お互いに下半身が充血し始めていることは、嫌というほどわかっている。
それでも、キスが余りにも新鮮で気持ち良過ぎて、どこで止めたらいいのかわからない。止めるのが惜しい。

その先に進むことに気が付いたのは、自分たちの体の変化がいよいよ苦しくなってしまったから。
ああ、そうだった……オトコはこんな風になっちゃったら、先へ進むしかなくなる。

「……じゃあ、脱ぐ?」
「うん、服着てるのも、もう熱い……裸になっちゃおう……。」
「わかった……。」

短いやり取りは、囁き声―――。
囁くなんて行為も、こうなるまで二人の間では経験がない。好きなもの同士でなければ、ほとんどあり得ないシチュエーションだ。
初めてなんだな、こんなことですら……と、ヒカルもアキラも嬉しいような、照れくさいような。

紅くほてった顔は間近にあって、互いの息がかかるほどだ。
そのくらい深く抱き合って、離れたくない。

しかし、脱ぐ為には一旦離れるしかないということに気が付いて、仕方なく腕を解いてそそくさと服を脱ぎ始める。
考えてみれば相手を脱がせてもいいのだが、初心者にはかなり難しい行為だったろうし、逆に余裕のなさが自然と自分で脱ぐという行為に繋がった。
結果―――脱がせるよりも脱ぐ方があっという間に裸になれるというものだ。



それにしても上半身はまだいいが、下半身をさらしていく姿というのは滑稽な感じすらある。
ジーパンを足から引き抜こうとしておっとっと……と体が跳ねたのをきっかけに、ヒカルはみっともなくもベッドに倒れこんだ。
それを見て、アキラが笑う。
更にそれを見て、ヒカルが傍にいたアキラの腕を引いて、ベッドの上に、正確には自分の上に彼を乗せた。

「あっ!こら……っ……進藤っ!」
「こらって……お前、何叱ってんだよ?今からするんだろうが、こういうこと……その為に脱いだんだろ……。」
「いきなり引くな。き、君の方に主導権があるとでも言いたいのか?」
「塔矢ぁ?……こういう時に使う言葉か……。」
「うるさいっ!」

アキラが喚いて、口付けてくる。ヒカルは組み敷かれる格好になるが、アキラからのキスは積極的で、うっとりとそれを味わった。

何かを集中的に学ぶことに関しては長けていると、この数週間の不良になる為の修行でヒカルは感心していた―――そのアキラのことだ。
キスだって例外ではないらしい。

ヒカルの少し肉厚な唇を自分の薄めのそれで挟んで、それから吸い上げて、ヒカルの口内へゆっくりと舌を入れたり出したりする。
入ってきた時に捉えようとヒカルの舌がうごめくと、スルリと引っ込む。
追っかけて来たヒカルの舌はというと、呆気なくアキラのそれにいいように絡め取られた。

そうする間にも、互いの体に僅かに残った下着も器用に脱ぎ去って。



素肌と素肌が擦れ合う感覚に、再び身震いが起きた……。






―――初めての感覚に二人して出逢うたんびに。

こうして震えが起きるのは、悦びが大きくて体も心もじっとしていられないからだろうか?
相手が誰でもいいのではなく、本当に好きでたまらない相手だからだろうか?

……もう、その答えを知る為に試しに他の人と触れ合ってみる……ということは、二人には出来ないけれど。

こうして全身が悦びに震えているのだから、何の不満もなければ後悔だって微塵もなかった―――。






男同士で重なり合っていれば、当然その部分が当たる。
二人はベッドの上で並んで横たわり、同じ目線で体を絡ませ合っていた。
いつの間にやら……すっかり固く上向いている部分を本能的に押し付けあっていると、どちらからともなく溜息のような声が漏れ出す。
それが、その声が、部屋中を甘く切ない雰囲気でいっぱいにしていく……。

「ああぁ……我慢出来そうにないよ、僕も……本当に君と裸で抱き合ってるんだな……それでも……ちゃんと勃起した……っと。――そういう表現はいけないんだったか?」
「はあぁーっ、塔矢ぁ……頼むから、そういう時は勃っちゃった、くらいにして?」
「どこがそんなに違うのかわからないけど……君なりのロマンでもあるなら、壊さないようにしてあげよう。」

案外可愛いところがあるんだな……などと囁きながら、唇がヒカルの耳たぶを食むように動く。
ヒカルはというと、可愛いなんて言われたことへの反撃なのか、とうとうアキラの勃っていらっしゃる部分へと手を伸ばした。
遠慮のない触り方に、アキラがうっ……と、腰を引く。

「こらっ!だから、も、射精……じゃない、で、出ちゃう……から、触るなっ……あ……っ―――。」
「どして?どして我慢すんのさ?出さないと辛いじゃん?……っつかさ、出す為にこうしてるんじゃねーの?」
「だ、だけどっ……君の前でそうなるのは、まだちょっと……。」
「んじゃ、一緒にイこう。一緒だと恥ずかしくないじゃん?ほらぁ……お前も良かったら…………俺の…………触ってみて?」
「……面白いな……同じ形で同じ機能だと思うけど……男の僕が、他の男性のものを触るって……医療関係でもない限り、絶対にないかと思ってた……。」
「嫌?嫌な気分?キショー……とか?」
「いや、そんなことない。何だか……そうだな……小さな生き物みたいで、可愛い……かまいたくなる……。」
「はうっ!!……バ、バカッ!いきなりしごくなあっ!……お前もこうしてやる……。」
「んあっ……あ、あ、あ……しんど……駄目だ、本当に駄目だ……どしたらいい?汚れるよ……汚して、いいのか?」
「うんうん……っいいから。ここ、そういう場所だから。……大丈夫だからっ!」

ヒカルの悲鳴みたいな声が、アキラの下半身を直撃して強烈な疼きを与えた。
それからはもう、昂まり切った欲望の開放に向けてお互い無我夢中になってしまった…………。






こんな恥ずかしいこと、これまでの人生で初めてだ。

好きな人に大事な部分を触られて、気持ち良くしてもらって、最後まで……最も恥ずかしい瞬間まで見せてしまうなんて!



でも羞恥心とは、好きな相手に感じるのだとかえって快感の源になるのだということも、二人はこの夜学び始めたのだった。






絶頂感に溺れるようになりながらも、お互いのモノを絞り尽くすようにしてあげる。
自分がされたら気持ちいいだろうと思われることを、相手にもしてるだけだったが、勿論自分で自分に施す何倍もの快感がそこにはあった。

濡れた手も。大きく上がった息も。全身を襲う脱力感も。

全部相手の為にした結果なのだと思うと、切なくて嬉しい。

心も体も同時に満たされるとはこういう感覚かと、ヒカルもアキラも互いを見詰めながら感じていた―――。






「……イっちゃったな……二人で一緒に……。」
「上手く出来たな、初めてにしては。殆ど同時だったし。」

照れ臭そうに笑うヒカル。相変わらず、サラリとご報告申し上げる口調のアキラ。
お前、ずっとそのしゃべりなのかよー、勘弁してよとヒカルがアキラの髪をくしゃくしゃと左手で乱す。右手はまだ濡れている。

「僕が気に入らないなら……君がこれから教えればいいだろう、君のロマンティシズムとやらを。」

アキラのしたことは、足首を曲げてヒカルのふくらはぎ辺りに絡みつかせることだった。男同士だからザラザラするものを感じるけれど、別に構わないと思う。
顔は相手を見たままで、でも互いの体に好き勝手なことをしながら、余韻を楽しむ二人だった…………。









それから交代でシャワーを浴びたら、どっと疲れが出た。

「家にさ、電話しなくて良かったのか?」

先に上がったヒカルはタバコをふかしながらアキラに問うた。アキラが不良化を決め込んでから持ち歩いていたそのアイテムを、失敬したのだ。

「いいさ。今日から十八だ。……朝帰りくらい普通だろう?」

笑ってヒカルの隣に座ると、アキラは顔を寄せて僕も……と、無言でねだる。
そう言えばタバコだって、ヒカルが体質的にあまり合わないのに比べ、アキラはすぐに慣れてしまった。
ヒカルがそっと自分の吸い始めたばかりの一本をアキラに渡そうとする。
しかし、アキラはそれを受け取るのではなくて、ヒカルの腕を支えて唇だけをタバコにつけた。



……赤い火が、明るく膨らんだ。

一拍置いてから、アキラが美味そうに煙を吐き出す。
白い膜がアキラの周りを覆って、まるで映画かテレビドラマのワンシーンのようにヒカルには見えた。



その様子はもう十分にこなれていて、コイツ、実は十分悪いことにも順応性が高くて勉強熱心で、俺の方が下手したら置いて行かれるかもしんないなとヒカルは焦りを覚える。
そんな胸のうちを隠すべく、ヒカルは元気良く言った。

「そうだったな。俺、まだ全然ちゃんと言ってなかった。……誕生日、おめでとう。塔矢。」
「どうでも良さそうな感じだけど?」
「お、お前っ!意地悪言うなよっ!だって……こんな風に告ってラブホに泊まってなんて……こっちの出来事の方がデカイじゃんかっ!……まだ、ビックリしてるんだから……俺……信じられない気分……。」
「うん。僕も信じられない。だって、昨日は普通に碁を打ってた僕らが……今はこんなところにいて、あんなことして……絶対に一生忘れられない。十八歳の誕生日のこと。……きっとどんなにあがいたって、僕らは一度はこうならなきゃいけなかった……いつかこうなる運命だったとしたら……今日で、僕の誕生日で……良かった……。」
「一度?一度っきりで、今夜で終わりなんていう気かよ?まだこの先が……男同士だってちゃんと最後まで出来るんだぞ……俺……俺、本当は……。」

ちょっとばかり涙声になるヒカルを、アキラはじっと見た。



―――知らない訳じゃない。
同性のカップルの愛し方を全然知らない訳じゃないし、ヒカルがどこまでしたいのか、自分に対してどんな役割をしたいのかは、ある程度想像も出来る。

踏み出した以上は、行き着くところまで行く日を迎えるだろうと、既に覚悟は出来た。

自分の性的感覚や生き様すら振り返って、混乱したり、苦しかったりしたこの数ヶ月。
その代償として今夜得た愛情が、自分を正しく導くだろうとアキラは予感していた…………。






ヒカルの手からタバコを奪って灰皿で火を消すと、アキラの腕がヒカルを包み込んできた。
ヒカルのまだ濡れた髪を鼻先で掻き分けて、アキラが耳元で何かを囁く。



それを聞いたヒカルの目元が、さっきのタバコの火のように一瞬で赤く光るかのように染まったのを見て。
アキラはいたく満足したのだった―――。











NOVEL