―  Hydrangea ―









その日、僕は進藤よりも先に仕事を終え、彼の部屋で待っていた。
そして帰宅した進藤が白い紫陽花の鉢植えを抱えているのを見て、少なからず驚いた。

「へえ…白いのにしたんだ?」
「うん、いつも通る家の前にこういう鉢植えがデンと置いてあってさ、俺、最初はこの白い色がどんどん変わっていくのかと思って…毎日気にしてたの。そしたらさー、これって真っ白いまんま!そっか、白い紫陽花なんだってわかってから、何だかスゲー欲しくなっちゃってさ」
「綺麗だね。色鮮やかな紫陽花も勿論、季節感があっていいけど…」
「だろ?白もいいよな。庭とか公園とか、たくさん咲いているとこではあんまり見かけたことなかったからさ…」

進藤は軽やかな足取りで、窓際へと歩いて行く。
そして東側の小さな出窓にその鉢植えを置くと、僕を振り返った。

「知ってる?白い紫陽花ってさ、花嫁のブーケにも使われるって」
「へえ…そういうことは詳しくないから」
「匂いが強くないから妊婦さんにいいんだって。最近は多いじゃん、おめでた婚とか、授かり婚?…とかいうの」

どこでそんなことを覚えたんだかと思っているうちに、進藤はソファにいる僕の横へと座った。
彼の方に視線をやると、紫陽花の白が目の端に映る。

「ベタだけど本当に思ったんだ…笑うなよ、いいか…」
「何の話だ?」
「あの花見るたんびに、お前みたいだって思ってた」
「っは?」

言われていることが理解出来なかった僕は、思わずキョトンとしてしまった。

「堂々とした大輪で、白い絵の具を何度も重ね塗りしたみたいに、ベッタリ真っ白で…」

ほるほど。言われてみれば、確かにそう見える。上手い表現をするものだ。

「お前には白が似合う。真っ白いドレスに真っ白いブーケ。…あ、お、怒るなよ!そんな目で見るなって…いいじゃんかっ、ちょっと想像するくらい…」
「べ、別に怒ってる訳じゃ………あ、でも君の場合はちょっと想像、で済まないかもしれないからな。第一、どこから僕にドレスなんて発想が出て来るんだ」
「だからって別にドレス着てくれとか、せめて写真だけでもとか、んなことお願いしねーってば」
「どうだか」

すると進藤は、自分の言ったことに照れているのか僕を抱き締めて来た。
深くそうされると、相手の顔が見えなくなるのだ。

―――僕が白い紫陽花みたいだって?そんな乙女みたいなことを真剣に言うのか、君は…

甘えるような抱擁に懐柔されてしまうのだけは避けたい。
それでも次第に大きくなる戸惑いは、僕の中だけでは処理仕切れず、口から飛び出しそうになっている。
僕もまだ、若いのだ。未熟者だと笑われても仕方ない。

「…そんなにドレスにこだわるのは、結婚に憧れているからか?」

一拍遅れで、肩の上の進藤の髪が揺れた。
そしてゆっくりと、彼の頭がもたげられる。

「なんだ…そこんとこ、引っ掛かっていたの?」
「花嫁のブーケなんて君が言い出すから」
「だってシーズンじゃん?テレビでそういう話題やってたんだって。…っつーかさ、お前、結婚式したい?」
「っ、だからっ…僕がそういうことを言い出す訳はないだろうっ…ぼ、僕の方が君に尋ねている…」
「したいよ、俺は」
「え…」
「したいか、したくないかって聞かれたら、単純に結婚式とかしてーっ!…って思うもん」
「そう…そうか…」

目の前が、霞がかったようにボンヤリと揺らぐ。
だが、頭の中には進藤が可憐な花嫁衣裳の女性と寄り添っている姿が浮かんで、それも憎たらしいくらいに鮮明に浮かんで、一気に胸が妬けた。

「あ、ああっ?何、その暗い顔!」
「暗くなんか…」
「もしかしてお前、結婚したいって意味、誤解して………ぶっ!バッカみてぇっ…相手はお前に決まってるじゃんか!」
「―――っ、ぼくっ?」
「当たり前じゃんか!俺が結婚したい相手なんて、お前以外の誰のことだよ!」
「でも僕らは…」
「あー、だから言ったろ?どっちかって選ぶなら、そりゃあ家族とか友達呼んで式とかパーティとか、そういうこともしてみたいけど」
「そんな…でも、それは…」
「だろ?現実的にはそんなこと、今の俺らにはまだ早いってわかってるし…」

…だからいつか。
いつか、もっと、うんと年をとって、二人でタイトルもいっぱいいっぱい獲って…
「その時」が来たらさ、結婚式するチャンスだってあるかもしんない。
そういうカルーイ感じの願望、なんだって―――

喋りながら彼の鼻先が僕のうなじ、耳と辿るものだから、くすぐったくて仕方ない。
反射的に身を捩るけれど、それでも僕は好きな人の一言一句を絶対に取り零したくはなくて、必死で聞いていた。

「結婚ってーのは『わかりやすい幸せ』だろ?…でも俺は、誰にも知られない幸せでも十分なんだ…」

おどけたように言う彼に僕の胸はつかれ、その首筋につかまっては「僕も同じだ」と囁いた。

すぐにキスが始まった。
互いの気持ちを確かめ合うような優しいキスに、心が柔らかく解けていくようだった。

「ほんとに…」
「ん?」
「お前はそうやって相手にしないけどさ、俺は近所の白い紫陽花を見るたんびに、お前みたいだってほんとに思ってたんだ」

さっきは流されちゃったけど、ほんとのほんとにそうなんだと繰り返し言われ、僕は胸がシクシク痛むみたいな変な感じがした。
進藤の真剣な言葉は、いつだって僕の弱い部分を刺激するのだ。

僕もさすがに今度は受け流すことが出来なくて、俯いたまま聞いていた。

「純白が一番、お前らしい色だ。何にも染まんなくてさ、いつも真っ直ぐで混じり気がなくて、お前の心は誰にも汚せないって感じがする…」

進藤の言葉には、虚飾もへつらいもない。
大地が雨水を吸い込むようにそれを受け止めながら、それでも僕はこんなことを言っていた。

「君は僕のことを買いかぶり過ぎだ。純白が似合うほど、僕は腹の中まで綺麗な人間でもないよ」
「そう言いたければ言えばいいさ。お前は純粋だし、真っ直ぐな人間だよ。俺が今まで出会った誰よりも。…だからこんな風に俺と付き合ってること、秘密にするのは苦しいだろ…お前は何と言われたって、真実をさらけ出したい筈だって…」

そこまで言われれば、もう取り繕う必要はなかった。
僕は顔を上げ、これ以上はないというくらい近くで進藤と目を合わせた。

「ありがとう、進藤。人は自分で思っている以上に人に評価されているし、愛されているもんなんだな。…君の言う通りかもしれない。僕はいつか、全てを話したいと思っている。…人にそしられたり、家族に泣かれたりしても…隠し事をしたくないと、心の底ではいつも思っているんだ…」
「そうか…だったらさ、さっき言ったみたいにほんとにいつか結婚式、しような?お披露目っていうの?夢みたいな話だけど、夢で終わらせないって今、ここで決めよう」
「…その代わり、タキシードだぞ、二人とも」
「わかってるって!そこかよ、気になるところは!」
「でも、二人ともブーケを持とうか。…いや、コサージュ程度でもいいんだけど。あの白い花を飾ろう」

そして目線で窓辺の紫陽花を示すと、進藤も嬉しそうに頷いた。

「いい考え!お前、最高!」

クスクスと笑いながら、再びじゃれるように抱き合う。
そのままベッドに雪崩れ込むのは嫌じゃないし、むしろ、胸に寄せる不思議な高揚感が薄れてしまわないうちに、もっともっと彼と近くなりたいと願った。

あの白い花を愛情の証として飾り、大切な人たちの前で愛を誓い合える、そんな日が来ることを信じて―――僕は静かに目を閉じた。














ここから下は18歳に満たない方はお読みにならず、引き返してくださるようお願いいたします。














その夜はいつになく濃く、満たされたものになった。
部屋の灯りを絞り、服を脱がせ合っている時、不意に何かに打たれたかのように僕は言ってしまったのだ。

「結婚式の真似事、しようか…」
「…え?」
「ほら、白いシーツを巻いたらドレスみたいに見えないかな。暗がりだとそれで十分…」
「えっ、それって………アキラッ!…マジ?マジでいいの?」

ところが進藤は僕の返事を待つ気はないみたいで、さっさと半裸のまま起き上がっていた。
そしてシーツは新品じゃなきゃと言い張って、彼は引越し荷物がそのまんまになっている場所から、見事にそれを探し出して来た。

もしかしたら僕は、自分で思っている以上に進藤が僕のことを「綺麗」だの「純粋」だの言い、白い紫陽花に例えてくれるのが嬉しかったのかもしれない。
彼を待つ間、そんなことをぼんやりと考えていた。
既に情熱的なキスと愛撫で全身に気だるい波が広がっていた僕は、余り頭が回っていなかったようだ。

進藤はまだ糊のきいたシーツを僕の体に無造作に巻きつけると、ジロジロ眺めた挙句に「やっぱ綺麗…」と溜息のように言った。

「暗いからだろう」

胸から下を覆うように、グチャグチャに巻かれた布地。ドレスなんてほど遠い、ままごと遊びみたいな。

―――それなのに。
裸を見られても平気な僕が、布一枚纏った体を見詰められる方が切なくなるなんて、どうかしている…

そう思いながら進藤に抱きつくと、こなれていない新品の布地が素肌にあたって擦れ、痛みスレスレの感触が更なる刺激となった。

「あ、っ…ん…ヒカル、痛くないか?」
「シーツ?全然…お前の肌に傷とかついたら嫌だけど…」
「いくら新品でも、そこまで僕の肌は弱く………っ、あっ!ああっ…ヒッ…カ…ぁあっ、んっ…」

折れそうなほど強く腰を抱かれ、片手は布越しの僕の中心をもみくちゃにする。
そして彼はシーツの上から僕の胸に激しくむしゃぶりつき、僕の肌を冷たく濡らしていった。

「スゲ…ちゃんと布越しに吸ってもさ、ここ、感じるんだ?…感じまくり?だって粒がコリコリ固くなってる…」
「濡れ、る…」
「濡れるって…お前の下?」
「ぁ、ちがっ…シーツが…はあぁっ…」
「ほら、アキラ。シミ、出来ちゃってる…先から滲んだもんが、もうこんなに…どんどん、広がってくよ?」

下半身の方からも、グチュリと粘着質な音が聞えるような気がした。
堪え切れずに小さな孔から次々に溢れるものをシーツが受けとめ、染み込ませているのだろう。
進藤は一向に上下にしごく手を休めないし、布越しの要領を掴んだのか、彼の唇と舌は僕の胸をくまなく辿っていた。

「いいじゃん、どんどん汚そう。汚したい。俺のでも、お前のでもいいから…このシーツ、二度と使えないくらいドロドロにしちゃおうぜ?」

布地を持ち上げている僕のものに添わせるように、進藤の固くなったものがぎゅっ…と重ねられる。
シーツの内と、外と。両方から湿らされる白いそれは、僕らを隔てるどころか、快感の渦の中心で僕らをひとつにしてくれるものだった。

―――本物のウェディングドレスにそんなことしたら叱られるけど、これは空想上のドレスだもん…
白いものを汚すって、めちゃくちゃ気持ちいいよな…快感だよな…

その言葉には、僕に唇を噛みしめさせ、頷かせずにはいられない隠微な響きが詰まっていた。

白いものは白ければ白いほど汚したくなる。
汚れていく様を見るだけで興奮する。

そんな暗い感情を持て余すのも僕らが人間だから。
どうしようもない欲望に突き動かされて生きているから。

僕のことを「純白」だと讃える一方で、同時にそれを汚す快感も享受する彼を正直で好ましいと思うし、そんな彼の全てに僕もまた、とても感じていた。












NOVEL