パラレル設定で裏にある 「リストランテの夜」 の二人です。
バレンタインの話の、その少し後になりますので、ご了承ください。
元ネタも合わせて読んで頂ければ、嬉しいです。
chocolat chaud
バレンタインの日には、濃く、愛し合った。
そんなつもりはなかったが、アキラの方にトラブルが起きたゆえの、流れだったかもしれない。
腰がだるくなるような愛され方は、アキラの体にだけではなく、心にも何かを残す。
それから数日は、いつになく「彼」のことを考えた。
名前も知らない。素性もわからない。
けれども料理の腕と、アキラを抱く激しさだけは嘘のない、彼のことを―――
「なにボーっとしてんの、アキラ。チョコでも食ってシャキッとしろ」
「芦原さん」
芦原はアキラの兄弟子だ。
彼はいつも、バレンタインにアキラがもらうチョコレートの数が自分とは比べ物にならないことを揶揄しては笑いを取る、茶目っ気たっぷりの青年でもある。
「…なーんてな。どうせ、今年も山のようにもらったって一つも食わないんだろ。苦手だもんな、甘いもの」
軽く笑い返すだけで、アキラは返事にかえた。
「だけど、胸焼けはしたかも」
「…え?」
「ほんの僅かなチョコでも、十分過ぎるほど濃厚な時もあるんだな」
「どういう意味?アキラ?」
―――バレンタインの夜。
彼から漂って来たチョコレートの香りだけでも、食べたのと変わらないくらい堪能した。
そして彼自身のことも、今まで以上にたっぷりと味わった。
チョコを扱った痕跡を残す、甘い匂いを纏った彼の指も。
チョコよりももっと深い陶酔へとアキラを誘う、彼の舌も。
アキラの体の奥に幾度となく注がれる、彼の情熱も全て。
このところ、急激に体が馴れた気がする。
最初は手探り、無我夢中でぎこちなかった営みも、今は最初から深い部分で感じられるようになった。
その分、始まりのキスは穏やかでじっくりしたものに変わって来たのだろう。
飢えを満たすような荒々しいキスをしなくてももう、先に待っている官能を鮮明に想像出来るだけに、急ぐのが勿体無いのだ。
それは、互いの世界に生きる日常の間に眠らせておいた欲望を、ゆっくり、じわじわと、揺り起こすようなキスでもある。
あんなキスを交わすようになるとは、思ってもみなかった。
彼の舌は、いつも美味しいものを追及している人の繊細さを持っているからだろうか。
アキラの口内でも巧みに蠢き、時に強く吸い、特にくすぐるように撫で、緩急をつけるやり方は、それだけで下半身に血を集める悦さだ…
「アキラ?」
「えっ…あっ、そうだ。芦原さん、チョコレート持ってない?」
「ええっ、今?ここに?」
「うん」
「ないよ。さすがに持ち歩いてなんか」
「だよね。変なこと聞いて、ご免」
欲しくなった。
無性に、チョコの甘さが欲しくなった。
口内でグスグスと蕩ける、あの魔法の塊―――あれを口にしたら、間違いなく彼を思い出す。
彼のくれる、過去も未来も、愛情もしがらみも、なにひとつ関係のない、ただひたすら、気持ちのいいだけのキス。
すぐそこまで来ている、セックスの快感だけを期待させる、ある意味純度の高いキス。
「そうだ、アキラ。今晩、メシどう?」
アキラが芦原の誘いを断ったのは、言うまでもなかった。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
今夜の彼はシンプルな白いシャツの襟から鎖骨を覗かせ、黒いエプロンをキリリと締めている。
アキラの姿を見た途端、彼の琥珀色の瞳が嬉しさを隠し切れないように輝いた…
「これは…」
食事の最後に、ホットチョコレートが出た。
「チョコには飽きているでしょうけど、これはとてもいいものです。知り合いのショコラティエに分けてもらいました。甘くないから試してみてください。疲れがとれて、あったまる」
甘いものが苦手な方にも好評です、とさり気なく付け加える。
アキラがデザートには熱心でないことは、既に見抜かれているらしかった。
「おいしい…」
「でしょう?」
彼が、フワリと笑った。驚いた。
大抵はアキラが「美味しかった」と礼を言っても、「ありがとうございます」と、ぶっきらぼうに応えるだけなのに。
「笑った」
「えっ…」
「店では滅多に見ない、笑った顔。君はいつも真剣に、鍋と皿を見ている」
「あ、ああ…そう、かな?」
「もっと見たい」
「っ!…どこかのファストフードじゃありませんよ。俺の笑顔はメニューにない」
それだけ照れたように言うと、彼は背中を向けて片づけを始めた。
会話もないまま、穏やかな時間が流れる…
やがて、アキラが飲み終わったのがわかったみたいに、さっと彼は振り向いた。
「俺の笑顔だけ?貴方が見たいのは」
そこにある彼の表情は、既に笑顔よりももっと複雑な想いをたたえ、一気にアキラを熱くした。
「いや、そうじゃない…僕にしか見せないあの顔を、今夜も見せてくれ…」
言い終わらないうちに、彼がカウンターの向こうから伸び上がって来た。
アキラも反射的に首を傾け、目を閉じる。
唇が重なると、また上質なチョコレートが醸し出す芳醇な香りが二人を包んだ。
夜はまだ、始まったばかり―――
ヒカルの知り合いのショコラティエは、きっとあの漫画のあの彼です(勝手な妄想、笑)
ホットチョコレートって、本当に美味しいよねぇ・・・寒いうちにまた飲みたいv
タイトルはショコラショー、ホットチョコレートのことだそうです。