― 看病 ―









目の前に次々と並べられる品物に、アキラはボンヤリとした視線を向けた。

「ドリンク剤はケースで買ったし。冷却シートもイオン飲料も。…あ、氷枕ってテレビでしか見たことなかったけど、ちゃんとあるんだなー。タオルも用意したしティッシュも。レトルトのおかゆとかゼリーとか、食べ易そうなもんもあるぜー。」
「そんなにたくさん…後でちゃんとお金、払わせてくれ。」
「はあぁ?馬鹿言うな、高熱野郎がそんなこと気にしやがって。見舞いじゃん、こんなの。」
「見舞いにしては多過ぎる。悪いよ。」

そこでヒカルは呆れたように唇を尖らせると、声を張り上げた。

「わかったっ、これはぜーんぶホワイトデーのお返しにするっ…受け取れよ、俺の愛!」

茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせたヒカルに向かって、アキラは精一杯の微笑みを返した。



そう―――今日は3月14日、ホワイトデー。巷ではバレンタインのお返しを巡って悲喜こもごもの日だ。

バレンタインの日に互いにチョコレートを贈り合ったのは、アキラにしてみれば付き合い始めたばかりのヒカルの希望を跳ね除けられなかったからだ。
そんなこと恥ずかしい、男同士でどうかしていると最初は言い張ったものの、結局、今年だけでもと粘ったヒカルにアキラが根負けした格好だ。

そしてホワイトデーには「お返し」は止めて一緒に過ごそうと決めた。

ところが。
仕事を早めに切り上げて映画を見たり、ディナーを食べたりとの計画も、アキラの急な発熱でこうして無駄になろうとしているのだった。



布団に横たわったアキラは、申し訳なさそうな顔でヒカルを見上げて来る。

大体、アキラが寝込むなどということ自体が珍しい。
普段から体調管理には人一倍気を遣っているし、精神力も人並み以上。だからヒカルと付き合い始めてからも、こんなことは勿論初めてだ。

自分を情けなく感じているらしいアキラの胸の内を察したヒカルは、今日のことは言いっこなし、そもそもお前はイベントなんてどうでもいいヤツだもんな、だからもういいじゃんと明るく言いながら、掛け布団を叩いた。

「ありがとう…あっ、そうだ。君用のマスクは…。」
「ほら、ちゃーんとあるぜ!お前がうるさく言いそうだからさ。」
「それならいい…早くマスク、着けてくれ。」
「ん…わかってるって。第一さ、簡単にうつったりしねえよ。俺は丈夫なの。心配すんなって。」

ヒカルはとっておきの笑顔を浮かべながら、アキラの額にそっと手を滑らせた。
そしてドキッ…とした。

「熱いな…すぐにシート貼ってやるから。」

その手は出来るだけ優しくアキラの前髪をあげ、それから慎重にシートを貼り付けようとした。
アキラもおとなしくされるがままだ。

「んー…おでこの真ん中に貼るのって、案外難しいんだよなぁ…。」

独り言みたいに言うヒカルの顔は真剣そのもの。
アキラの方はといえば、急にヒンヤリとしたのだろう…肩をすくめ、目を細めた。

「わっ…冷たかった?上手いこと貼れたんだけど。」
「大丈夫。気持ちいいよ…。」
「そ?じゃあ俺、氷枕も作ってくるな。何か食べたくなったら遠慮なく言えよ。」
「君…。」
「は…何?」
「何だか嬉しそうに見える…。」

虚を突かれ、ヒカルが目を見開く。

「えっ…あ、ああ?嬉しいことなんてあるかよー。お前が風邪ひいて寝込んでるんだぜ?」
「ご免、進藤…弱ってるとやっぱりろくなこと言わないな、僕は…。」

熱で潤み切ったアキラの目はクリクリと所在無さ気に動き、常よりも紅い唇からは小さな息が漏れた。
それを見たヒカルはハッ…となり、それから立ち上がった。

「…ご免は俺の方だ。本当のこと言うな。」

一旦は部屋を出かけたヒカルだったが、入り口のところで立ち止まって振り返ったのだ。
その瞳には複雑な色が揺れている。

「俺、やっぱちょっと―――浮かれてたかも。お前の体は心配だけど、一番に俺を頼ってくれたことが…さ。付き合ってるって言っても、お前ってばこういう時我慢しそうじゃん?俺にうつしたら嫌だとか、子どもじゃないんだから一人で平気だとか…。」
「進藤…。」
「だから真っ先に呼んでくれてありがとうって気分だった。」
「そうか…。」

ヒカルはもう一度、ご免な、俺、人の看病なんて初めてだけど何でもするから早く治れよと言うと、身を翻した。









「…進藤?」
「お?目が覚めたか…汗、かいてるんじゃねえ?水分とれよ。あ、体拭いてやろうか。」
「いい…まだ動きたくない…暫くはこのまま…。」

アキラが布団の中から手を伸ばす。
ノロノロとした動きが痛々しくて、ヒカルは読んでいた棋譜を慌てて放り出し、しっかりとその手を握った。

アキラの手は、まだ熱い。

「夢、見てた…僕は熱なんかなくて、二人でホワイトデーのデートしていたよ。楽しかったぁ…。」

アキラの言葉が余りにも意外で、ヒカルは口をポカン…と開けた。

「ビックリした…お前がそんなこと言うなんて…。」
「そんなに変かな?そうだな、変なのかも。滅多に出ない熱なんか出すから、滅多に言わないことも言っちゃう…の、かも…。」
「あのさ…マジで俺に悪いなんて思うなよ。俺、ちゃーんとこうして今夜もお前の横にいられるんだから…。」

今夜は泊まってく、お前が帰れって言っても帰らないからな、とヒカルが言えば、アキラも小さく頷いた。

「―――さっき…君は言ったよね。僕が君を頼ったことが嬉しかったって。」
「うん…。」
「僕もだよ。僕も頼れる人がいて嬉しかった。頼れる人がいるなら頼ろうと、素直に思えたんだ。好きな人がいる…そしてその人に愛されている…そしたらこんな風に全部をさらけ出せて…すがることも出来るようになるんだって…思った…。」

まだ力の入らないらしいアキラは、細い指を絡ませてヒカルに何かを訴えて来る。ヒカルもその指に深く応えながら、顔を寄せた。

二人とも、ただこうして指先を繋いで会話するだけで胸に温かいものが満ちて来るのを感じる…

「なあ、塔矢。もっと頼って。そうしてよ。普段は寄りかかったりしなくても、こんな時くらいさ。お前の言う通りだ。頼れる人がいるってことは頼ってもいいんだよ。」

それってスゲエ幸せなことじゃんか……



頼ることも、頼られることも、ごくごく自然なことだと受け止められる。喜びだと感じられる―――そんな関係もあるのだと、初めて人を好きになった二人は身にしみていた。

やがて。
自分を見詰めるヒカルの微笑みが何よりの薬であるのと同じように、アキラもまた安らかな微笑みを浮かべてはヒカルを癒し、新たな眠りへと落ちて行くべくゆっくりと目を閉じたのだった…



窓の外では梅が薫る季節。
手探りで進む二人の心が、また少しだけ近付いた夜のことだ。











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