― 夢 ―







―――して、いい?



塔矢の目を見て、ちょっとだけ首を傾げて訊いた。真剣勝負の碁を打って、興奮が鎮まって来た頃合いだ。



―――何を?

訊き返すアイツは、俺と反対側に首を傾げる。切り揃えられた髪の先が、肩に乗って小躍りする。

おどけた仕草なんて、俺にしか見せない。こんな塔矢、俺だけのもの。



さっきまで、触れたら切れそうなくらい鋭く尖った顔していたのは、ありゃ誰だ?



―――お前が俺にして欲しいことリストがあったら、多分上から二番目に書いてあること。

―――して欲しいこと?君に?一番目は確定としても二番目、か。しかし、一番以下があると思ってるところが君も自信家だな。



ふふふ、と薄い唇を左右に引いて、睫に縁取られた目が細められる。

ああ、この顔・・・・・・残酷なほどに、綺麗。罪深いくらい、色っぽい。

出来たら額に入れて、この部屋のどこかに大事に大事に飾っておきたい。
そして、好きな時に見るんだ。好きな時に話し掛けて、撫でて、キスして。



―――じゃあ、君の考えていることが当たっているか、試してみよう。

塔矢はそこに立っているだけで、何もしなくても俺を誘うことが出来る。

俺の欲情に火を点けるなんて、塔矢には簡単過ぎて、つまんなくないかな。ちょっと心配。



焦らしたり、駆け引きしたりする方が、好き?

そのことを言ったら、塔矢がもっとハッキリとした笑顔になった。

―――確かに君は丸見えだ。可愛いくらいにね。

可愛いなんて塔矢に言われるとむかつくけど、そんなことをいう時は、塔矢もその気になっている訳だから。



抱き寄せて、頬を両手で挟んで、そっと唇を重ねる。

も、それだけで、幸せ・・・・・・とろけそう・・・・・・甘い息が塔矢の鼻から漏れて、俺までくすぐったいよ。

そのまま俺の口をゆっくり開くと、ピッタリと密着した塔矢の上唇は上へ、下唇は下へ。引っ張られるんだ。

ホラ、簡単に開いた。



舌を塔矢の口内に入れると、上顎の窪みを丁寧に舐める。そこがとっても感じるらしいから、ね。

俺がそうしている間は、塔矢の舌は所在投げにウロウロしている感じ。俺の舌に触ったり、俺の口内に遊びに来たり。

角度をちょこっと変える。鼻と鼻がぶつからないように、移動して。

変える度に、ニチョッ、ヌトッて・・・・・・粘膜が離れて、また引っ付く音がする。

いや、音であって音じゃない感じ。
だって耳で聞いてるんじゃないもん、触れ合った体の部分から直接脳に聞えてくるんだから。



ホント、やらしい・・・・・・やらしい音ってあるんだよな・・・・・・塔矢とキスすると、いっつもそれを思う。

いっぱいやらしいキスをして、やらしい音を楽しんで。



ああ、下半身に血が集まる。どんどん集まる。それが塔矢と俺の欲望を勃ち上げる。

俺達二人が男同士だって事実が、ありありとわかるこの瞬間が好き。大好き。

塔矢も男で、俺も男で、それでも構わないくらいに俺達が愛し合っているという証拠。二つのほとんど同じ形の、性器。

それが服を押し上げ、もう窮屈だからここから出してくれと、叫ぶ。



争うようにして服を脱いで、最後に残った俺のTシャツを、そっと近くの碁盤にかけた。

まるで、碁盤に目隠しするように。ちょっとだけ、俺ら二人だけにしてくれよ・・・・・・ってね。



ベッドに二人して倒れ込んで、激しく腰を揺らし、愛撫を繰り返す。

―――ね、ね?当たってた?お前がして欲しいことの二番目って・・・・・・これだろう・・・・・・これ、欲しかったんだろう?

塔矢の手を導いて、俺の張り詰めたものを握らせる。俺も、塔矢のを同じように。

あ、もう出てる、ヌルヌルした透明のもの。

それを小さな穴から掬い出して、先端からその下に続く棒全体へと広げるようにする。何度も何度も。

結果、塔矢自身を上下にすりあげることになるんだよな。

俺の、固くなった碁石を掴む指先でそうしてやるだけで、もっともっと蜜は溢れ、固さは増す。



うん、もうそろそろいいかな。塔矢の喘ぎ声も、凄いことになってる。

―――ん、あ、あぁ・・・・・・ふ・・・・・・はっ・・・・・・―――っ!・・・・・・ぁぁああーっ!・・・・・・早く早くっ!進藤、早く挿れてっ!来てっ!してっ!!

ええ?今日は早いな〜、でも駄目だよ?ちゃんと馴らしておかなきゃ、俺、塔矢のこと、塔矢の体、本当に大事だから。

痛いことや、危ないことは絶対にしないんだ。そう、決めてる。最初に塔矢の中に入った時からずっと。



―――塔矢、も、ちょっと我慢な?・・・・・・苦しい?気持ち良過ぎて、苦しいくらい?・・・・・・ああぁ、ゴメンな、感じさせ過ぎた?可哀想に・・・・・・

もうすすり泣いてる。目尻から、快感の飽和状態を表すみたいに、堪え切れなかった悦びが涙に姿を変えて、溢れて来た。



いつものジェルをたっぷり手に取って、入り口と周辺とに塗り付けて、それから中に、指一本。

・・・・・・この瞬間は、いつも緊張する。本当は、出すべきところ。何かを入れるところじゃ、ない。

そこに忍び込ませる指は、慎重で優しくなければならない。それが愛。俺流の愛だから。



中をゆっくりと探って、いつも感じるところを押してあげる。
擦って。押して。また擦って。ちょっと引っかいて。

あ、指が締め付けられる。だって、ここだって入り口の穴は狭いもんな。
一本でも辛いくらいなのに、俺を受け容れるのって本当に大変だって思う。

中に入ると、割と空洞な感じがするんだけど。締め付けられているのは、丁度第二間接の辺り。その先は自由に楽に動ける。

ネットや本でたくさん勉強して、それから実地も積んで、今では塔矢の感じるところはもうバッチリ!
指の付け根まで沈めて、優しく掻き混ぜる。



もう我慢も限界かな。
溢れてヌラヌラと光っている先端が、俺のこと責めてるみたいだよ。こっち向いて、怒ってやがる。早く何とかしろって。

だからキスしてあげた。そしたら塔矢の全身がビクンと大きく跳ねて、嬌声が上がる。
その声自体に、俺も一層膨らむ。



圧力をかけたら多分すぐに出ちゃうから、快感を長引かせるように俺は舌の緊張を解いてベーッて一杯に広げる。そして、それで包んであげるみたいにねぶる。

ダイレクトな一番感じる二点への刺激で、塔矢の腰は塔矢の意思とは関係なくユラユラと揺れて、俺の背中に乗っかった足はガクガクと痙攣している。

見えないけどさ、きっと塔矢の涙は筋が出来るくらい溢れて、口内には唾液が溜まってると思う。



俺の頭をグチャグチャに混ぜていた手が離れたから、いよいよ自分の髪の毛の方を掻き乱し始めたのか、それとも、胸の突起をいじり始めたのか。

いずれにせよ、もう理性も残ってないくらいに凄く気持ちいいってことだ。
今夜も塔矢をここまで追い上げることが出来て、俺も幸せ・・・・・・。



でもさ、時々、どんなに気持ち良くしてあげたって、申し訳ないと思ったりする。

そんなことを言われるのは、塔矢はキライだ。心外だって言う。僕が自分の意思でこうしてる。君と寝てる。だから、僕を哀れむのは失礼だと―――。

キツイ目で睨んで、甘さの欠片もない声音で言い放つ。

確かに理屈はそうだけど。どっちがどっちでも、男同士だからいいんだけど。

でも俺は入りたいし、塔矢は受け容れてくれるから、ずっとこうして欲しいなって。



一旦、指を引き抜く。
その時にも、塔矢が感じられるようにゆっくり内壁を擦るように回転させながら抜く。
出て行く瞬間も、スゲーいいらしい。はっきり言葉にはしなくても、小さな悲鳴と感電したしたみたいに大きく震えた腰が、それを俺に教えてくれた。
どんな瞬間も無駄にはしない。塔矢を感じさせる為なら、どんな些細な動きだって手抜きしないんだ!



二本目の指でジェルをたっぷり掬って、もう一度入る。
うん、少しづつほぐれてきたかな。十分柔らかくなったと思えたら、俺の方も準備。

手を離す一瞬も熱が冷めないように、俺の片足を使って塔矢のものを刺激して上げながら、俺はゴムを捜す。

膝頭を擦り付けたり、足首をいい角度に曲げて、手の代わりにしごくみたいにする。へへへ・・・・・・器用だろ?

足なんかでするなっ!と、最初は塔矢に言われたけど、でも刺激を中断される方が我慢出来ないらしくって、その内抗議しなくなった。

大丈夫、ちゃんと風呂入って全身を綺麗に洗ったからさ。足の指の間だってコシコシ洗ったもん。



さて、目当てのものを手にして、袋を破って取り出して、と。

塔矢の上に戻ると、俺のことを必死で見上げて来た。

もう、いっぱいいっぱいのクセして。涙と唾液が伝う、やらしい顔を俺に向けてくる。

でも全然、その表情は媚びてない。どっちかというと、命令調の顔かも?早く入って来いっ!進藤!!・・・・・・って方が近いな、うん。



破ったり傷付けたりしないように、丁寧にゴムを付けて、その上にもジェルを垂らして。

それから塔矢の足を持ち上げて入り易い角度まで曲げると、待ち侘びてるソコへ先端をちょこっとだけ食い込ませる。

塔矢も両腕を伸ばして、俺の頭を引っ張った。これは合図。大丈夫だから、さっさと奥まで来い・・・・・・もっと深く、えぐるように来い―――!



塔矢はどんどん俺の頭を自分の腹、胸、と這わせるように手繰り寄せて行く。

その動きに合わせて、俺も塔矢の中にどんどん入って行く。・・・・・・ってか、俺の方が吸い込まれる感じ?塔矢が上手にお尻の筋肉に力をかけて、俺を飲み込むんだ。

塔矢も慣れたもんだよな〜、ちゃんと前戯と準備を怠らなきゃ、出すところでも自然に受け容れられることもある。



愛があると、こんな風にセックスも上達するもんだと、俺達は自分たち自身で体感しているところ。



いよいよ根元まで沈め、塔矢の太腿裏と俺の腰が密着した。
ここで二人とも息を吐いて、プチ休憩。はあぁ〜・・・・・・。



―――な、これだろ?こういうの、俺にして欲しいことの二番目だろ?

―――まだ全部じゃないだろっ!?最後まで終わってないっ!!

俺のことを怒鳴りつけた塔矢は、俺の頭を抱いて自分の胸に押し付けると、自ら腰を使い始めた。

こうなっちゃうと俺が塔矢を感じさせてんのか、塔矢に俺が感じさせられてんのか、もうどっちがどっちだか訳わかんねぇ・・・・・・。



俺がグン・・・・・・と突き上げると、塔矢の背中がブリッジするみたいにしなって、頭が左右に激しく打ち振られる。

涙が、塔矢の頭の両脇のシーツに落ちて、染みが出来るのが見えた。

開かれっぱなしの口元からは、唾液が伝う。
悲鳴みたいな声が、俺の腰のリズムと同じ調子で上がる。



―――ね、ね、言ってよ、これだって、僕のして欲しいことはこれだって。碁の次に、俺にして欲しいのは・・・・・・

―――ちが、う・・・・・・僕、が・・・・・・した、い・・・・・・こと、だ・・・・・・して、ほ・・・・・・ほし、い・・・・・・こと、じゃ・・・・・・ないっ!

お前〜、もうそんな言葉のいっこいっこに反応するなよ。



でも、そういう強情なお前が好き。女々しい塔矢よりも、悶えながら、喘ぎながら、それでも俺を叩きつけようとする、お前が好き―――。

そういう塔矢の方が、興奮するんだ。挑戦的な塔矢の方が、感じるんだ。・・・・・・俺って、ある意味マゾ?



俺はもっと塔矢に声を上げさせたくて、塔矢の腰の下に腕を廻して腰を俺に引き付ける。

体勢は苦しいけど、塔矢の中が一番感じる角度をとって、こねるように突くように、激しく動く。

塔矢が上半身をよじったり、咽喉を仰け反らせたり。やらしい仕草と、やらしい声。信じられないくらいに、乱れ乱れて。

すすり泣きはもうこれ以上はないってくらい×××で、何だか俺まで切なくなっちゃうよぉ・・・・・・。

塔矢の外側の肌も、内側の粘膜もあっという間に熱くなって、俺もすぐに限界までキちゃう。



二人一緒に、最後はカーブを右肩上がりに跳ね上げるようにして、駆け足で昇り詰めて行く―――










○●○●○










「佐為の君?・・・・・・お目覚めですの?」

「・・・・・・ああ、すっかり寝入ってしまったようです・・・・・・あなたのことを放っておいてすみませんね。」

「いいえ、お疲れなのですわ、先ほども激しくなさるから・・・・・・。」

そこで女人は頬をほんのりと染め、俯く。佐為はその様子を愛しく感じて、身を起こすと女人の肩を抱いた。
まだ頭はぼんやりしていたが、薄物を羽織っただけの女人の体を撫で擦りながら、その柔らかな線を存分に楽しむ。体のどこかを動かすことで、確実な覚醒へと自らを促した。



寝床のすぐ横には、碁盤が置かれてある。碁笥も静かにその上に乗っていた。

ふと目がその碁盤に吸い寄せられる・・・・・・。


「・・・・・・夢を見ていました。とても不思議な夢を。」

「夢、でございますか?はて、どのような?」

「それが・・・・・・まことに不思議な、今まで見たこともないないような。物語の如き夢でした。」

「お聞かせいただけませんの?まこと・・・・・・夢から覚めたとは、このようなお顔のことを言う・・・・・・そんなご様子でございますこと・・・・・・。」

佐為は女人の方に向き直る。そして長く、深い溜息を一つ。
今までいたその世界に、再び戻って行くかのようにゆっくりと瞼を閉じて、佐為は静かに語り始めた―――。






―――私は、その夢の中で、一つの碁盤なのです。ええ、私が碁盤に宿っている・・・・・・というよりも、私自身が魂を持った碁盤になったような。

ああ、笑いましたね、とうとう碁好きもここまで来たかと。
ふふふ・・・・・・夢ですよ、あくまでも夢ですからね。あんまりお笑いになると、こうしますよ。

・・・・・・・・・ああ、ちょっと強く吸い過ぎましたか?お許しください。



―――そうそう、それで、碁盤の私の住まいは、見慣れぬ場所でした。

狭い小屋のような場所で、見たこともないような調度品に囲まれ、少々圧迫感のある部屋です。



そこには二人の若者がおりました。

一人はぬばたまの黒髪を肩で切り揃えて、とても凛々しい若者。

もう一人は・・・・・・前髪が不思議に輝く山吹色の、溌剌とした若者でした。鬼の子か何かのようで。

でもおそらく、呪いでもかけられたのでしょう、あの前髪は。

何にせよ、この都の出来事ではないのははっきりしておりました。



さて二人は、私の上で碁を打ち始めたのです。



それが・・・・・・碁盤の私には、二人がどこに打ち込んだのかがよくわかるのです。

一手一手、二人の応酬が素晴らしいものだというのは、まことによくわかるのです!

どのような棋譜であったかまでは・・・・・・もう思い出せませぬ。少々変わった手も、見知らぬ定石もあるようでしたが。

でも!碁盤の私には、ひしと伝わってくるのです。この二人の若者が、並みの打ち手ではないことが。
次はここ、ああ、その次の一手は・・・・・・そうっ!そこです、まさに私もそこに打ち込むでしょう!それから、それから・・・・・・
私の体に一手、一手が刻まれる。
ええ?・・・・・・痛みなんてありませんよ!あるものは、魂までもが震える如き歓喜、血が騒ぐ如き興奮、そんなものだけです!!

私は二人の対局に心が沸き立ち、時も経つのも忘れるほどでした。






―――このような話はつまらないですか?まなこが重たそうですが?・・・・・・実はここから先は色っぽい話ですよ。

はて、私が夢の中でいけないことをしたのではと?可笑しなことを言われる。碁盤の私に、一体何が出来るというのでしょう?



・・・・・・そう、二人の若者は対局を終えると、暫く話し込んでいましたがやがて・・・・・・体を添わせ始めたのですよ。

そうですよ、二人とも立派な男子でした。でも、とても愛し合っているのがわかりました。



二人はね、ほら、お顔を上げて・・・・・・そうです、こんな風に唇を合わせ・・・・・・・・・・・・・



ああ、いけない、先を話すのを忘れるくらいに、あなたがいいものだから・・・・・・そう、それから二人は着物を脱ぎ始めました。

もうこれから先に何が起こるかはわかりきったことでしたが、二人の若く逞しい体を感嘆を持って眺めておりましたら・・・・・・。



最後に鬼の子のような若者の方が、私の上に着物を掛けて覆ってしまったのですよ!これでは何も見えやしません。

全くもって、残念でなりませんでした。

でもね、ちゃんと聞えてはいましたから。二人がどのように激しく、優しく、睦み合っていたのか・・・・・・。






―――何と仰いましたか?私が男子と、ですか?そのようなことをお聞きになるとは、私のあなたへの想いを軽んじてらっしゃるとしか思えませぬ。

そのような趣味はございませぬよ。確かに美しい若者だったとは思いましたが。

何も出来る訳がありませぬ!ええ、ええ、だから私は碁盤で、手も足もないのですから!



・・・・・・ともかく。二人は時間をかけて、丁寧にお互いを愛撫し、次第に昂まって行くのです。

見えなくとも、私には見えている以上に感じられました。

息は木霊するほどに荒ぶり、次第にすすり泣きが加わり、そこに衣擦れの音や吸い合う音も混じってゆく。
交し合う言葉はよく聞き取れないのですが、お互いの名を切れ切れながらも必死で呼び、愛しい気持ちを伝え合っているのでしょう・・・・・・。



遮る布が恨めしくてならないけれども、見てはいけない心持ちも致しますし。

それに、男同士の睦み合いを盗み見て悦ぶ趣味は、私にはありませんしね。

何にせよ、二人は満たされるまで、何度も何度も睦み合わねばならなかったようで・・・・・・。

一体、いつまでこのように二人の切ないあれこれを耳にせねばならぬのかと、若さゆえの貪欲さに溜息を――口があればですが――つきたいほどでした。



勿論私だって、若いですよ?あなたの元をこうして何度もおとなうほどにね。ふふふ・・・・・・。

碁が上手になればもっと通ってくれるかと?それは、どうでしょうか。

あなたがこれ以上名手になられればもう私の指南も必要なくなりますし、対局に夢中になるあまりに閨での方がお留守になって、あなたが不満を募らせることにもなりかねませんしねえ。

ああ・・・・・・矢張り、あなたは芳しい匂いがします。私がこうしてあなたの白くすべらかな肌に頬を摺り寄せ、手の平を這わせるだけで、匂いが一層強くなる。あなたが悦んでくれている、その証でしょうか。

おやおや、もう待てないというようなお顔ですが。ええ、私もそうですよ。まだ夜が明けるまでには何時もあるようですしね。

でもね、まだこの話には続きがあるのです―――






やがて気が付くと、二人の若者は疲れて寝入ってしまったようです。寝息のようなものが聞えてきましたから。

まあ、無理もありません。あのように激しく、しかも長いこと睦み合っていれば、ね。



しかし、ふと気配を感じると、私を覆っていたものを取り去ってくれるものがあります。

見るとそれは、あの鬼の子のような髪の若者でした。彼はしゃがみ込んで、小さな声で私に話し掛けて来るではありませんか。



―――今夜は、アイツと二人でここで打ちたかった・・・・・・いい一局だったろ?・・・・・・今夜はどうしたってアイツと打つのを見せたかったし、一緒にいたかったんだ・・・・・・。

ま、その後のあれはオマケだけど・・・・・・でも我慢出来ないし、さ?ははは・・・・・・許せよ。




 それからその若者は、私の表面を優しく幾度か撫でると、去って行ったのです。

 手足はなくとも、私には感じる力は与えられていたようで、触れられてとても心地良い気持ちになりました。

そうして、ほう、今夜は何かあの若者にとって大切な夜なのだろうかと・・・・・・静かに思っておりました。



 ・・・・・・った!―――っ!・・・・・・そ、そのように私の魔羅(マラ)を乱暴に掴むものではありませんよ!

あなたともあろう御方が、何と慎みのない・・・・・・もう少しだけ、辛抱してください・・・・・・ん・・・・・・―――っ・・・・・・も、もう終わりに近付いておりますゆえ。



その若者が褥に戻ると、今度はそれを見計らったかのようにもう一人の若者が―――黒髪が暗闇の中でも輝くほどに美しく―――いえ、あなたには及びませんがね。

さて、その若者も密かに碁盤である私に寄って来ると、先ほどの若者と同じように手を伸ばそうとして・・・・・・でも寸前でその手は止まり、暫くの逡巡の後に、引っ込められたのでした。

はて、どうしてこの者は私に触れようとしてはくれないのだろうか?何か禁じられてでもいるのだろうか?

訝しく思いつつも、私にはなす術もなく。

その若者が震える睫を伏せて、小さく頭を左右に振ってから去って行く背中を見送るばかりでした。

何やら憂いを含んだもの言いたげな表情に、若者のことが気にはなりながらも・・・・・・私の意識はまたぼんやりと霞に包まれ・・・・・・



そうして、あなたのいるこの都へと戻って参ったのですよ。






長い物語を語り終えて、佐為は肩を落とす。緊張が解けたかのように、女人のふくよかな胸元に顔を埋め、息を吐く。

くすぐったそうに身を捩じらせ、女人が笑った。

「お帰りなさいませ、佐為の君・・・・・・ようございましたわ。行ったきりお戻りならなければ、私泣きましてよ?」

「所詮は夢です、しかも・・・・・・あなたに語り終えて安堵したのでしょうか。既に仔細を忘れ始めております。あの不思議な見たこともない場所ですとか、二人の打った一局ですとか、若者の顔立ちですとか・・・・・・もう私の胸のうちから、消えて行こうとしています。夢は誰かに語った時に、その人の元へと移って行くのかもしれませんね。」

「お淋しそう・・・・・・ずっと胸に秘めて、お手元に置きたかった夢なのではございませんの?」


暫しの沈黙の後―――


佐為は首を振った。そしてもう一度、碁盤へと目をやって呟く。

「いいえ・・・・・・例え夢の中でも、それがどこか遠い国のいつかの時代であったとしても・・・・・・誰かがいい碁を打っている・・・・・・それだけで、私はいいのです。碁を愛する人が、いつの日も絶えることなくいる・・・・・・そう、それだけで―――。」



微笑を浮かべる佐為の体を、薄物の袖に包まれた女人の腕が抱き締める。

衣擦れの音が響き、焚き染めた香が立ち昇り、佐為は思う。この音。この匂い。それら全てが、ここが自分の現実、自分の国であり時代であると知らせてくれる。



あの二人の若者が何者であったのか、そしてこんな夢を見たことに、何の意味があったのかわからないし、そんなことはどうでもいい。
本来、碁以外への物事への興味が薄い佐為は、既に刻々と立ち消えてゆく夢の記憶を留める気はなかった。



どうして自分がこのように生まれついたのか、わからない。
他の欲求はそこそこなれど、碁に関しては鬼にも蛇にもなれるのではと思うほどに執着する。時にそんな自分が怖ろしく、一方で自分にはそのように命を賭せるものがあることが至福でもあり。



佐為は女人をそっと横たえて、このような物語に根気良く付き合ってくれる心深き人にもっと夢中になれたらと。

少しの苦さを噛み締めながらも、その色づき熱を帯びつつある体に、静かに被さっていった・・・・・・。










〇●○●○










早い時間から碁を打ち、閨での時間も楽しみ、うたた寝までした佐為は、妙に冴え渡った頭で横に眠る女人の寝顔を見詰めていた。



幾人か通う女人の中でも、この御方は特別だ。

何が特別かと言うと、碁の上手である。下手な男子よりも勝気な碁を打ち、思い切りのいい打ち筋に惚れ惚れとさせられることがある。



それでいて。
閨の中では恥じらいを忘れず、主導権は常に佐為にある。

……ほら、このような時にはね、こう口にして御覧なさい……と囁けば、顔を赤らめつつも言われたとおりの言葉を、佐為の耳元で吐息にのせて囁く。
佐為を煽るその羞恥に満ちた言葉は、女人自身をも煽る。

……ここがいいのですか?それとも……こちらですか?……ああ、じゃあ、こうして差し上げましょうね、もっと宜しいでしょう……と、無理な体勢を強いても、請われるままにしなやかに動いて、ためらいつつも与えられる悦びを受け取る。

今夜も佐為は女人のはしたない声に感じ、幾度も昇り詰め、男子としての悦びを大いに享受したのだ。



碁も手応えがあって、心栄えも良く、見目も麗しく―――これ以上の御方には巡り会わないだろうと思いつつ……。

それなのに、どこかで佐為の心はさめている。



先ほどの不思議な夢の中で、異世界における二人の若者の対局にのめり込んでいった時の方が、もっと胸が高鳴っていた。
自分も早く碁盤に向かいたいと思うほどに、奮い立っていた。

精神の高揚が体に伝わり、夢の話を終えた後で何度も女人を抱きたくなったのは、そのせいもあるのではとふと後ろめたく思う。



自らがこの世にある不思議と、その使命とは何かと考える時。
明らかに恋に生きる為ではないのだなと、周りの殿上人と自分を比べてその違いをはっきりと感じる。
かと言って、宮中における出世や名誉ではないということも明らかだ。



矢張り、碁にしか感じ得ない。
全てを取り去った一人の人間として、ただただ心のままに欲する悦びは―――

至高の碁を打ちたい。神の一手を極めたい。それだけ。

こんな自分の存在が果たして幸せなのか、哀れなのか―――それは一体、誰が、いつ、どのような理由で決めることなのだろう……。






……気が付くと、何やら外が騒がしい。

佐為は物思いを中断し、縁側に出てみた。すると……

先ほどまで中空に白く輝いていた筈の月が、赤黒く染まっているではないか。
雲ひとつ無い空にぽっかりと、血に染まったようなまあるい月が浮かんでいる。



……これは、何と不気味な……さぞかし宮中も大騒ぎになっていることでしょう、私も参内せねばなりますまいか……



意外なほど冷静にその赤い月を見上げつつ、はたと思い付いた。



……先ほどの夢は、この月が見せてくれた摩訶不思議なのかもしれませんね……でしたら、この月は私にとっては、決して禍々しいものではないのでしょう……



佐為はその月を、美しいものを愛でる時のように満ち足りた優しい顔で、見詰めていた。

やがて端から明るくなり始め、月が元の平和な姿に戻るまでの長い長い時間―――












三つのパートに分かれているので、読みにくかったかと・・・すみません。

NOVEL