― MISS YOU ―
「会いたいと願う」(91)
新幹線のホームまで、塔矢が送ってくれた。
付き合うようになって三ヶ月。
駅まで何かのついでにと送ったり送られたり、空港までの足にしたりされたりは友達時代にもあったが、ホームまで一緒に行き、新幹線が出発するのを見送られるのは初めてだ。
何気にそういうことになっちゃったんだけど、それが日曜の最終の新幹線だと改めて思い知らされたのは、ホームに数組の男女を発見したからだ。
ぶっちゃけ、お別れを惜しむカップル…というヤツ。
「スゲエな…あそこ、マジキスしてる…絶対、ベロ入れてるよな。」
「こら、ジロジロ見るな。」
「柱に寄りかかってるけど…俺らが、にゅ〜っと回り込んで覗いたらビックリするかな。」
「いい加減にしろ。」
いいなぁ…
離れるのが寂しくて、最後の最後まで指を絡めて、触れ合う寸前まで唇を寄せてお喋りして…
そいで感極まってキス、したり…そういうの、何か恋人同士ーって感じで自然でいいよなぁ………
「羨ましがるな。」
「あ?わかった?へへ…。」
「君は心が顔に表れやすい。碁打ちのくせに。」
「それでも強いヤツは強いぜ。感情を剥き出しにするのもしないのも、強さとは関係ねえだろ。」
「じゃあ、五日後に。」
「げっ…都合が悪くなると無視しやがって。」
少しだけ、時間があった。
あと、数分。数分で俺は、このホームから西へと向かう。
二日後に戻って来ても今度は塔矢が地方で、どんなに早くても五日後の夜しか会えないことがわかっていた。
だからこそ、塔矢もわざわざ俺を送りに来てくれたんだろう。
ちゃんと結ばれてからは毎日会っていただけに、それは初めての試練みたいな気がする。
俺はめいっぱい瞳に力を込め、塔矢の好きな低めの声で囁いた。
「キス…したい…凄く、したい…。」
「駄目だ。」
間髪入れずに駄目ダシされた。
「じゃあ、せめて手をつないだら…駄目?」
「当たり前だ。」
「どうして?知り合いなんかいねえよ。」
「だって、この距離だけでも十分不自然だ…。」
「そっかぁ?」
「そうだよ。友達同士の距離じゃない。友達だったらこんなに近くで話したりしないよ。」
だから君、もう少し離れてろ、と茶化すように薄笑いを浮かべて言われ…
急に俺は、ムッとした。
―――わかってる。わかってるよ、そんなこと!
俺たちの関係が、誰にも認められないものだってことも。
決して外で、恋人らしいことをしちゃならねえ関係だってことも。
そんなこと、嫌というほどわかってる。
幸せなだけの恋人同士じゃないことは、始めたその日から俺たちが背負っている宿命だ―――
俺の変化を感じ取った塔矢も、スーッと顔色を変えた。
でも当然、ご免の一言も、場の空気を変えるような気遣いもない。
俺だって、塔矢に労わられたりはしたくなかった。
塔矢が俺にそんなことする必要はないし、俺も塔矢に守られたり寄りかかったりしていたい訳じゃねえから。
だって。
今、ここで俺たちが感じている痛みは、俺たちがそれぞれに感じるべきことで、目を逸らしちゃいけないものだ―――
痛みを痛みとして感じるうちは、俺たちはしっかりと生きていける。
一緒に生きていくことを、その為にどうあるべきかを、日々確認し、忘れずにいられる。
痛みを感じるたびに別れに近付くんだろうかと、怖くなることがない訳じゃ…ない。
こんな風に、普通の恋人たちと自分達は違うことを目の前に突きつけられれば、辛いものは辛い。
…でも、絶対に別れる気はねえし!
塔矢だってそれがわかってるからこそ、厳しい一線を引こうとするんだろうな。
コイツは、俺よりもうんとストイックだからなぁ…
そんなことを考えながら見詰め合っていたら、発車のベルが鳴った。
「進藤!」
「ヤベッ!」
駆け込んだ俺の顔を、ガラス越しの塔矢が眉間にシワを寄せ、目を細め、怖い顔で見ていた。
…いや、そうじゃない。
多分…泣きそうなのを堪えると、塔矢はこんな顔になるんだ。
黒目がちょびっとだけ潤んでる。綺麗に光を揺らしてる。
―――くそっ!今になってそんな顔すんな!
ほら、ドアが閉まるじゃんか!
飛び降りてキスしたいのに、もう…もう、出来ないじゃんか………
俺も相当情けない顔をしていたと思う。
塔矢に負けないくらい、怒ったような顔でアイツを睨みつけるしか、溢れる感情を抑える術はなかった。
ゆっくりと、新幹線が発車した。
ホームでどんどん小さくなっていく塔矢から、俺は視線を外せない。
塔矢も、手を振るでも微笑むでもなく、変わらぬ表情で俺を見送っていた。
こういうの、喧嘩別れ…っていうのかな?いや、喧嘩…した訳でもないよな。
微妙なトコだ。…一種のすれ違い?
う〜ん、俺だけお別れのキスがしたくて、アイツはとんでもないと思ってるなら、それはすれ違いだよな。
お別れのキスどころか、またな、の一言もなかった………
なんて暗い気持ちで考えていたら、着信した。塔矢から。
俺は窓際の席でそれを読み始めた。
『僕だって、キスしたかった』
タイトルを見て、ドクン…と心臓が跳ねた。
それは単なる文字じゃなかった。まるで、耳元で塔矢の声を聞いたような気がした。
そのくらい、生々しい言葉だった。
本文を読んで―――俺の胸はますます締め付けられる。
『僕だって凄く、キスしたかった。君に触れたかった。
君がいない間、一人でどうしよう、寂しいって言いたかった。
一緒について行きたい、離れたくないって叫びたかった。
でも、僕はそうしない。
男女の恋人同士に許されて、僕らに許されないことがあっても、それが僕らの愛を守るのに必要なことなら、僕は我慢する。
この愛の為なら何だってするし、どんなことにも耐えられる。
そして君だって、そんなこと言われなくてもわかっているんだということも、僕にはわかっているから。
わかっているくせに、キスをしたくてたまらなそうな顔をして見せる君も相当なバカだが。
こうして結局君を甘やかすように、堪え切れずに本当の気持ちを伝えてしまう僕は…
もっともっと大バカなんだろうと思う。
でもそのくらい、君を愛してる。』
新幹線が目的地に着くまで、俺はそのメールを何度も何度も読み返し、面と向かっては言ってくれないことを文字に変えてくれた塔矢の深くて大きな愛情に、込み上げる涙を止められなかった。
俺が返信したメールは『早く会いたい』の―――ただ一言だけだった。
「寂しい花火」(14)
今日も長い一日だった。
ここ北京に来てからというもの、たくさん人に会って、たくさん打って、いい経験をしていると思う。
両親も満足そうだし、実り多い毎日だ。
それでも。
この滞在中に過ごすようにと与えられたゲストルームで一人になると、スーッと気持ちが冷えていくのを感じる。
何か、足りない…
何か大事なものが、ここにはない…
心のどこかに穴が開いて、風が吹き抜けるように物寂しいのはどうしてだろうと思うと、もうそれはたった一つの理由しか思いつかなかった。
その時、携帯が鳴った――進藤からだ。
僕が十日も中国へ行くと聞いて彼はその期間、目一杯仕事を入れていた。
どうせお前が傍にいないんなら、働く。
今のうちに働いて、いざ休みが取れそうな時は我がまま言えるようにしておくんだ、と言っていた。
しかし、何で電話でなくてメールなんだろうとふと見ると、写真が添付されていたのだった。
それは――
大きな大きな打ち上げ花火。まるで夜空に咲いた大輪の花だ。
「綺麗だ…。」
部屋には誰もいないのに、僕は思わず声に出して言った。
『別に嫌味じゃねえからな!
見てたらやっぱり綺麗で溜め息ばっかり出るから、素直に送りたくなっただけ。
子供ん時、家族で花火大会とか行くとさ…
花火自体もすっげえ迫力でワクワクしたけど、追っかけて聞こえて来る音も不思議だった。
花火大会の夜はいつまでも、あのデッカイ音が耳に残って…
昂奮してなかなか眠つけなかったっけなあ。
今は、ベランダに出てキンキンに冷えた缶ビールを飲みながら、一人で見てる。美味いよ。
もう恨み言は言わない。
俺も男だから格好悪いことはしたくねえし、お前の親を思う気持ちもよくわかるしさ。
でも、来年は絶対に絶対に一緒に見ような!!!』
何度も何度も。
彼が打ったその文字を見る。声にして読み返す。指先でなぞる。
目の周りがジンジンし出して、いつしか握り締めていた携帯の画面に熱い雫が零れ落ちた。
会いたい…
今、君に会いたい…
ベランダの右端。君の横。
手すりにもたれて、君の肩に頭を預けて、少しだけ気持ちを緩めて甘えたい。
同じように冷えたビールの缶を手にして、君がコクリと咽喉を鳴らして飲む音を聞きながら、君と同じものを見たい――
そう、心が悲鳴を上げるくらいに強く強く思った…
ねえ、進藤…
あの部屋を選んだのは、不動産屋の一言が決め手になったよね。
――夏は○○川の花火大会が間近で見られるんですよ!
それを聞いた僕らはこっそり顔を見合わせて…秘密の合図を交わすみたいに小さく頷いていた。
それなのに。
僕は進藤ではなく、両親を取った。
今年の夏のオフは一緒に中国に来なさい、私もいつまで体がもつかわからない、今のうちに引き会わせたい人も、教えたいこともある。
初めて父にそういうことを言われて、僕は少なからずとも動揺した。
一度倒れたお父さんがここまで元気なのは奇跡に近いのよ、という母の言葉も胸に堪えた。
だから、その日程が花火大会の日を含んでいるとわかっていたのに、僕は両親に言ってしまったんだ。
楽しみだな、早く一緒に行きたいよ、なんて。
その話をしたら、案の定進藤は怒って、拗ねて、泣き落としみたいなこともして見せたけれど。
最後はちゃんとわかってくれて、そうだな、花火はきっと毎年あるし、お前と俺もずっとここに住めるけど…親孝行は出来るうちにするべきだ、とまで言ってくれた。
それで全てが解決したと思い、どことなくぎくしゃくした雰囲気も見ないように過ごして旅立ちの日を迎えた。
――それが五日前のことだ。
僕は深呼吸をしてから、返信を打ち始める。
電話にしても良かったが、こんな情けない鼻声を聞かれたくはなかった。
『今年はご免…
でも、僕だって来年は絶対に君と一緒に見たいんだからな。
今年は僕の分も楽しんで、目に焼き付けて…
そして、眠れない夜を過ごしてくれ。』
送信した途端に、僕は全身の力が抜けたみたいになり…
そして再び、涙が込み上げて来るのを静かに感じながら、それを止めるつもりもなかった。
理屈では自分の選択が正しいことをわかってはいても、心は進藤を求めて溺れそうになる。
こんなにも君を愛し
君なしでは生きていけない自分を思い知らされる。
そしてそれが幸せで幸せで…苦しいくらいに幸せで………
もう一度、僕は手の中におさまっている花火を見た。
携帯画面に映ったそれは、おそらく僕の生涯で一番寂しい花火で、一番恋しい花火になるだろうと思った――
説明要らず(笑)
NOVEL