― ねこ ―





「猫の気持ち」(39)



家に帰ると、進藤が僕の布団で寝ていた。
ふうん…気持ち良さそうにしてるな…君って、寝てる時はこんな顔だっけ?
一緒の布団で寝る時は激しい運動のせいか、疲れ果てちゃうから…

「…ぁ、ああ、塔矢、お〜か〜え〜り〜。うわ、俺ってば…寝ちった。
布団干したらさぁ、あ〜んまり気持ちイイんで。」

「え、干してくれたの?それはどうも。干したいなって思ってたんだ。」

「どういたしまして〜、実はお前がいなくて淋しくってさぁ…
お前の布団でゴロゴロしてたら、ヨダレとか整髪料とか付けちゃって。
んで、ワリイから…シーツを洗濯してついでに布団も干したの…。」

なあんだ…僕の布団でイタズラして、その罪滅ぼしだったという訳か!

「なあなあ、俺、猫の気持ちがすっごくよくわかった!
じいちゃんちにさ、俺がまだ小さい頃、野良猫が遊びに来てて…
干したばっかの布団、座敷に置いてると縁側から入って来て寝てた。」

お日様を浴びて膨らんだフカフカの布団って、最高だよなぁ…
くしゃくしゃっと目を細めた顔を、また布団に擦り付ける。猫みたいだ…

僕も進藤の横に、ゴロンと寝転がってみる。
本当だ――干したての布団に身を預けると
まるで猫の気持ちがわかるみたいな気がする…

「あのさ、お前の布団ってやっぱ…お前の匂いがすんのな…
嗅いでるとつい思い出しちゃって…体の奥がジンジンしたぜ。」

「ふ〜ん、そう…。じゃあさ、この布団は今、お日様の匂いと
進藤ヒカルの匂いでいっぱいなんだ。…僕もジンジンするかな?」

そう呟いて、僕はうつぶせになる。
胸いっぱいに、布団の匂いを嗅ぐ。
干した布団特有の乾いた匂いが鼻をくすぐり
その中に潜む彼のオスの匂いが、僕を陶酔へと誘った。

猫になった気分でいると、鼻も猫みたいに利くのかな?と笑うと
進藤の気配が近付いて来て…髪にキスをされた。

「このまんまだと折角干した布団を汚しちゃいそうだから
さっさとシーツ被せちまおうぜ?…手伝う。」

そうやって――僕ら二人は一緒に猫になり
干したての布団の上、ささやかな幸せを噛み締める……













「温かな瞳」(2)



それは僕が体を壊して入院した時のことだ。

同居している進藤は毎日見舞いに来てくれたし、病気も快方に向かっていたし、特に耐えられない試練だとは意識していなかった。

それでも。
退院出来た時の喜びは格別だったと言える。

僕らが住む家に帰ると、そこには進藤と、それから僕らの家族である真っ黒いトイプードルのクロと、雑種の小猫、シロが待っていた。

「お帰り…。」
「ただいま…。」

玄関先で、我慢出来ずに僕らが深く、激しく、抱き合って口付けていると、足元に体温を感じた。
クロとシロだ。
甘えるように擦り寄って来る。
犬と猫であるにもかかわらず、二匹は兄弟のように仲良しなのだ。

「コイツらも全然元気なかったよー。食欲も落ちてたしさ。お前がいなくてよっぽど寂しかったんだろうなぁ…。」

でも、それを入院中のお前に言うと切ないだろうと思って黙ってたけど。

進藤の真実味溢れる言葉に、胸が詰まる…


僕はしゃがみ込んでクロの頭を撫で、シロを抱き上げた。
そして。
シロのザラザラする舌で頬を舐められた時。

僕は閃くものがあって、はっとシロの目を見た。
暫く、そのはしばみ色の不思議な光彩を放つ瞳を見詰めた後、今度はクロのガラス玉のように黒々とした瞳を見た。




いつだったか…
そう…入院中のある晩………

僕は寝苦しさに何度も寝返りを打っては、意識を沈ませたり浮上させたりを繰り返していた。

ふと。
気が付くと、目の前に綺麗な瞳が見えた。

黒い瞳が二つ。
はしばみ色の瞳が二つ。

四つの瞳は僕を、優しく包むように見下ろしている。
それは、「慈愛」という言葉が相応しいような、神々しいまでに美しい汚れなき光をたたえていた。


「クロ?シロ?…ああ、そうか…進藤が連れて来てくれたんだなぁ…。」


ボンヤリとしていた僕は、お前たちにも会いたかったよ…と必死で声を絞り出し、微笑み掛けるが、その四つの瞳は勿論もの言わずに、ただ静かに僕を見詰めていた。

二匹の息遣いまで聞こえて来そうな気がして、ここは病院なのに大丈夫かな、叱られる…でも、進藤がきっとうまくやるだろうなどと思いながら………

僕は引っ張り込まれるように、眠りの底へと落ちて行った。

そしてその夜から僕は寝つきが良くなり、回復も早まったのだった。




「ねえ、進藤。君、この子たちを病院に連れて来たことがあるだろう?ほら、僕が術後、眠れないって言ってた頃…。」
「…は?いや、病院にコイツら連れて行くわけねえじゃん。それはマズイだろ?」
「でもっ!だって…確かに…。」

今まで忘れていたのが不思議なくらいだ。
あんなにも鮮明で、幸福感に満ち満ちた記憶なのに。

僕は一通り進藤に説明するが、矢張り彼はそんな事実はないと言う。

「そんな…じゃあ、あれは………ただの夢?」

呆然とする僕の頬を、またシロの舌が舐めた。覚醒させるかのように、しっかりと。幾度も。
クロも僕を見上げ、控え目な声でワン…とひと鳴きする。

「もしかしたら…ソイツら、俺に内緒でこの家を抜け出してさ、大冒険したんじゃねえの?ほら、病院を往復する俺の匂いをつけて行って…。」
「僕に…会いに?」

進藤が、いたずらっぽくウィンクをして見せる。
すると。
腕の中の丸い温もりと、足に感じるもう一つの温もりが、彼の言葉を肯定するような動きを見せた。

まさか………

「お前がコイツらを愛してるってこと、ちゃんとわかってるんだよ。コイツらがお前を好きだってことも、今度のことで俺、スゲエ感じたし。
ただの出張とかでお前が留守してるんじゃねえって、わかってたんだ。」

多分、お前がいなくて俺がガックリきてるの見て、そう思ったんだろうなぁ…


半分濡れた声が、もう一度僕の耳を塞ぐ。

「今ね…君と、クロとシロと、皆をいっぺんに抱き締めたい気分だ…。」
「んじゃ、そうしてみれば?」


―――クロとシロが本当に病院まで訪ねて来たのか。
病に弱った僕が見た幻だったのか。

そんなこと、もうどちらだって良かった。関係ない。


すぐにソファに移動した僕らは二匹を膝の上に乗せ、二人と二匹で一つの塊になって抱き締め合う。

次に僕の頬を濡らしたのは、クロとシロではなく。
僕自身のと、僕を想ってどれだけ辛く、寂しかったかしれないと訴える、愛する人の止め処ない涙だった。










単に猫繋がり(^^;

NOVEL