― 他人 ―





「他人の顔」(65)



それは僕が少しばかり深刻な病に倒れた時のこと。

僕らは一緒に暮らしてはいたが、家族にも世間にも認められない仲だった。
家族しか面会出来ない、家族にしか病状を説明してくれない。

やっと僕の病室に来ることを許された進藤は、憔悴し切っていた。
どんなに僕が心配でも、所詮は他人扱いなんだと思い知らされたのだと言う…


「俺らって…これからもずっとさ、人前では他人の顔してなきゃいけないんだな…。」


進藤の言葉に、僕の胸もキリキリと痛む。

僕の病と、傍にいられなかったことがどれだけ彼を苦しめたのかと思うと
僕は彼の心を明るくしてあげたいと強く願った。


「じゃあ、結婚しよう。籍を入れればいい。…僕が進藤アキラになる。」


最初はポカンとしていた進藤だったが、すぐに
何、馬鹿なこと言ってんだよっ!一人息子のくせに、塔矢先生の子のくせに
出来もしないこと、口にすんなっ!…と怒鳴られた。

それでも僕は、いや、君と戸籍上も家族になる、出来るよ、と言い張った。
本気だった。


…やがて進藤は俯くと
僕の、点滴の刺さっていない方の手を取ると、そこに頬擦りしながら言ったのだ。


「違う…お前と家族になりたいのは本当だけど…
俺は、先生たちからお前を奪いたい訳じゃねーんだ…
そうじゃない…そうじゃなくて…俺はただ…強くなりたい――。」

長い人生だもん…他人の顔をしなくちゃならない日もたくさんあるよな。

でも――

心はしっかりと繋がってるんだから、堂々としていればいい。
不安なんていらない。

他人の顔を見せても見せられても
心は傷付かないくらい、強くなりたいだけなんだ――


僕の手の上に、進藤の温かな涙の雫が零れ落ちる……


今日、君が流した涙がどんな風に僕の肌を、心を濡らしたのか
その感触さえ忘れなければ

これから先、どれだけ他人の顔を見せ合ったとしても
きっと僕らは大丈夫だと思えた。













「十分過ぎる愛」(97)



結局、僕が退院するまでには一ヶ月近くかかった。

進藤は僕の家族や碁の関係者気を遣ってなのか、病室にはあまり現れなかった。
少し淋しくはあったけれど
もしかしたら、最初に来た時に泣いたことが照れくさいのかなとも思い
僕も治療に専念することにした。


住み慣れた家に入るなり、待ち構えていた彼に抱きすくめられた。
久しぶりの抱擁に体中が痺れ、あっという間に息が荒れる……

やがて――
お帰り、も。淋しかったよ、も。
優しい会話は何一つないままに、低く、怒気を含んだ声で進藤が言った。


「…いいか、塔矢。今度病気になったら許さねえ。許さねえからな。
絶対にもう、こんな病気になるんじゃねーぞっ!」

「わかってるよ、そんなこと…僕だって懲り懲りだ…。」

「じゃあ、もし病気になったら…今度は俺が罰を与えるからなっ!」

「…ええ?何だ、罰って。」

「よ〜く聞けよ。お、俺、寝ないで考えたんだからな?
病気になったらお前、体が弱って抵抗出来ないだろう…だから…
パジャマ姿のまんまのお前をお姫様抱っこして、棋院中を練り歩く。
そして大声で言うんだ――俺は塔矢アキラを愛してるって。」

「君、本気か?多分…それこそ罰ゲームか何かの余興にしか思われないよ?」

「いいんだ…人がふざけてるとかバカなことしてるとか、どんな風に思ったって。
要はお前が恥ずかしがればいいんだから。…な、恥ずかしいだろ?
スゲエ恥ずかしくって、二度と病気になんかなるもんかって…思うだろ?」


うん、それは十分恥ずかしいなぁ…そういうことにならないように気を付けるよ…

そんな風に明るく笑い飛ばしたら、進藤は

バカッ!もっと恥ずかしいって顔して見せろっ!
そんな恥ずかしいことされるくらいなら、絶対病気にならないって誓えよっ!

と…
自分の方が泣きそうな顔で抗議した。


――十分すぎるほどの愛が、粗野で大人気ない彼の言葉の裏に生きている――


こんなにも僕は愛されている、大切にされているんだと
改めて魂に刻まれる……


嬉しさのあまり気が遠くなりかけた僕は
彼の泣き顔が伝染したのか
折角作った自分の強がりの笑顔が、グニャリと崩れたのがわかった。


それから

僕らが交わした三十日ぶりのキスは涙の味しかしなかったのに

全身が溶け出すような甘い幸福感に満ちていたのだった……










この二編も続き物です。
このテーマも同性同士のカップルにとっては大きな命題のせいか、何度でも書きたくなる。
だって、愛を確かめ合う二人を何度でも見たいから。

NOVEL