大人表現も含みますので、ご注意下さい。
尚、流血などの表現が苦手な方も避けて下さい。



























― 死んだら愛さない(56) ―







人生最悪のタイミングだった。
ダンプに突っ込んだ時…いや、俺がダンプに突っ込まれた時、だな。
塔矢がそれを見ていた。
正確には、酔っ払って荒れる俺を連れ戻しに来た塔矢を振り払い、道路に飛び出したところだった。

塔矢が、おっそろしい形相で駆け寄って来て俺を抱いたのがわかった。
何か叫んでる…必死で叫んでる。
でも俺には届かない。大好きな塔矢の、大好きなあの声。
霞む視界の中で最後に見たものは、塔矢の白いシャツの胸元が真っ赤に染まる、その…
赤い色が俺の体から出た血だというのは、もう意識の外に飛んでいた。



ああ、勿体ねえ…
その白シャツ、似合ってる…スゲエ似合ってるのに…
真っ赤にしちゃって…使い物にならなくしちゃって…ご免な…とうや…

…お前のこと散々振り回して、でも、どうしても諦めきれない、で…

ご免な…………



三日三晩意識が戻らなかった。
見舞い客に会えるようになるまで、更に一週間がかかった。

事故以来初めて会った塔矢は、俺の顔を見るなり顔をしかめた。
みるみるうちに瞳が潤んで泣き出すのかと思ったら、スーッと息を深く吸ってから、この馬鹿ヤロウって怒鳴りやがった。

ああぁ…なっつかしい…
お前、ここんとこそんな風に俺の前で大声上げなくなってたのに。
冷ややかに俺を突っぱねる声しか聞かせてくれなくなってたのに。

一体どのくらいぶりに聞いたんだろう。
大人になった塔矢アキラの怒鳴り声…
腹に響く…頭がいてえよ…てめえ、マックスで怒鳴りやがって…



「死んだら…。」
「…?」
「死んだら愛さない。死んだら、絶対に君を愛さない。
君が僕をどんなに好きだ、愛してると叫んでも…
死んだら思い出さない。懐かしく思わない。
君のことは全て忘れる。忘れてやる…だか、ら――。」

まだ声が出せない俺は、目を細めることしか出来ない。
でもその瞬間――
目尻を冷たいものが伝うのを感じて、塔矢の目からも溢れたものがあった。



――死んだら愛さない。

だから、生きろ。生きて生きて、その先にあるものを見ろ。その手に掴め。
隣にはいつも僕がいるから。
君が何といっても、僕がいる、から…



震える塔矢の声は、暗闇に差す一筋の光だった。
ずっと求めて求めて、狂おしいくらいに求めて。
だけど、拒否され続けた。目を覚ませ、一時の迷いだと跳ねつけられた。
…挙句に避けられて。

浴びるように酒を飲んだり、女と遊んだりしても癒されなかった。
いつかこの気持ちが萎れて思い出になるなんて――絶対に思えない。



荒れ狂った俺に罰が下ったとしても、何の文句も言えなかったのに。
神様は俺を助けてくれ、塔矢の心を開かせてくれた。
この恩は、一生かけて返していくしかないんだろう…



堪え切れなくなった塔矢が、とうとう俺のベッドに突っ伏した。
白い布団の上に乱れる黒髪。それが、塔矢の泣き声に合わせて小刻みに揺れていた。

自由に手が動かせるようになったら、真っ先にこの黒髪に触りたいと思った。
どうかこの髪に触らせてくださいと、心から祈った――









それから二ヵ月後、塔矢と俺は初めて結ばれた。心も、体も。

裸の塔矢に触れた瞬間、信じられないくらい全身が熱くなり、狂ったようにその素肌を手と唇で辿った。
全身を余すところなく絡ませ、舌も深く荒々しく絡ませ。
苦しさの余り甘い悲鳴をあげて反り返る塔矢の体を引き戻し、まだ、まだ足りない、もっと欲しい、全部見せて、俺も全部あげるからと、体に訴えた。

何度も昇って、何度も果てた。

尽きてしまうなんて、畏れることはないんだ。
尽きてしまう程度のものじゃないだろう。
からっぽになるまでとことん貪れば、またどこからともなく生み出されるものがあることを、俺は初めて知った。



その日。
俺の腕の中で、真っ赤に染まった朝焼けを見ながら塔矢が言った。

…君が事故に遭ったその日から、僕は赤いものが駄目になった。
赤い花も、赤いワインも、赤いものを見ると君の血を思い出しては気分が悪くなって…
君の血が、頭にこびりついて離れなくなったんだ…

苦いものを無理矢理飲み込むような表情が辛くて、俺はご免、と囁く。
そのまま耳にキスを落とした。

塔矢は小さく首を振った。

…君のせいじゃない。僕が弱かったんだ。
君を受け入れた後にやって来るあらゆる困難を思うと、ここで断ち切った方が楽だと、お互いの為だと、勝手に思い込んでいた。

君を傷付けた。
己を偽った。

――そんな弱い僕に、神様が試練をくれたんだと思う。
君の心がどれだけたくさんの血を流し続けているのかということを、君の体から流れ出る、真っ赤な血が教えてくれたんだ…



…もうそれ以上、語らせなかった。
語ってもらう必要もない。

深く口付け、髪をまさぐり、重ねた全身を波打たせ、昂ぶるままに任せた。



やっと唇を離したその時、息がかかるほどの距離で塔矢の目を見詰めながら言った。

「俺もお前が死んだら愛さない。だからお前も生きて。――俺の為に。」

それがどんなに言葉として間違いであっても、陳腐であったとしても。
塔矢がくれたものの重みと尊さを知る今、俺もそっくり返したくてたまらなかった――










NOVEL