この話は18禁表現を含みますので、年齢に達していない方の閲覧を固くお断りします。
「叶えたい夢」(50)
真夜中にふと目が覚めて、横にあるぬくもりを無意識に探す。
…いない。隣に寝ている筈の進藤がいなくて、彼がいた空間がポッカリと空いていた。
だからか。彼の不在に気付いた僕の体が、勝手に目を覚ましたのか。
ぼんやりしたままで手を伸ばし、彼のいた場所、シーツの上に広げた手を這わせる。ゆっくりと、撫でるように。
僅かに残っているぬくもりを手に移し取りたい。離れていても彼を感じたい。
意識はまだ完全に覚醒してはいないというのに、心の奥からジワリと何かが滲み出て来るのだけは感じられる…
近くにある筈の温もりが消えただけで、まるでセンサーのように反応して彼を求めてしまう体にいつしかなってしまった。ならされてしまった。
それを何てわずらわしい肉体になってしまったと嘆くか、幸福の代償なのだからちっとも鬱陶しくないと思うか。
どちらだろうかと考えた時、もしかしたらベッドで感じる彼の温もりは、僕ではない他の女性のものだったかもしれないと思うと―――これが幸福でなくてなんだろうと強く感謝した。
自分でもわかっていた。思わず、微笑んでいる。
きっとこの部屋に誰か他の人がいてこっそり僕の顔を窺っていたら、気味が悪いと震え上がるかもしれない。
進藤にだって見られたくない、か、な…
「何だ…起こしちゃった?」
「あっ、うん…トイレ?」
「そう!それがさー、迷っちゃったんだよ!」
「ええっ、迷ったって…。」
声をあげた僕の横に、進藤が滑り込んで来る。
少しだけヒヤリとして肌が驚くが、すぐに抱き締められてぬくもりとそれがもたらす幸福感に涙が滲みそうになった。
「初めての夜だからさ。昨日までお前が住んでたあのマンションだって体は思い込んでるから、ほら、この部屋出て左に曲がっちゃって壁にぶつかった。」
「はっ、ふ…ははは、本当に!?」
「そう、そんでその後もどっちへ行っていいか一瞬迷って、ウロウロしてさー。」
なかなか辿り着けなくてションベンもらすかと思ったーと屈託なく言う進藤を、僕もまた包むように抱き締め返した。
「可愛いなぁ、君は。自分の家で迷子になるなんて。」
「チェーッ、昼間だったらこんなことねーのに。」
「電気点けたらいいのに。」
「だからその電気の位置もわかんねーの!」
しばらく笑い合った後で、どちらからともなく溜息のような深く、震える呼吸を絡ませ合う。それが合図になり、僕らは薄暗闇の中で少しだけ視線を交わした。
自然と、唇が重なる。静かに触れ、離れ、また柔らかく撫でる様に触れ合う。優しい触れ合いの繰り返し。
すると今度こそ本当にひどく泣きたい気持ちになって、僕は彼の胸に深く逃げ込んだ。
「っ…つめた…。」
「え?っ、ああ、これ…。」
僕の胸にかかっていたリングが進藤の胸の、一番敏感な場所を掠めたらしい。それほど近くに、僕らはいる。
「乳首、勃っちゃうよ。」
「ばか…でも、冷たかったらご免。」
無意識に、彼のその場所に指を這わせる。うっ…と、進藤が息を詰めた。
…おそろいの指輪。
昼間、引越しの時に出て来た時はとても嬉しかった。
出て来るかもしれないとあちこち見回してはいたが、どこか他の場所で失くした可能性もゼロではなかったから過剰に期待はしていなかった。
人目を避けた場所で早速胸につけて、それからこの時間まで外していない。
―――もう、一生外さないと決めた。
「これ、胸にブラ下げたまんま、裸で俺の上に乗っかったお前…サイッコーにエロかった。」
「言うな、恥ずかしいよ…。」
「俺が下から腰、突き上げるたんびに、お前の白い胸の上でそのリングが踊るように跳ねてた。」
「ヒカル…。」
少し前の熱い熱い交わりを思い出しているのだろう…進藤がそのリングを引いて、口付けるようにする。
まるで僕にするみたいに優しく触れ、それから悪戯っぽく僕を見上げると、今度はリングの穴に尖らせた舌を突き入れた。
さっき、僕の体のあらゆる恥ずかしい場所を嘗め尽くし、悶えるくらいに感じさせた繊細な彼の舌先が、見せ付けるようにリングを弄ぶ…
今夜は激しかった。
新しい部屋。新しい家具。初めての匂い。窓からの景色。
そんなものにも興奮したし、何よりも新居に住み始めた今日は、正式に籍を入れる訳ではない僕らにとって新生活のスタートそのものだ。
それが二人を酔わせて狂わせたのかもしれない。
彼に導かれるままに上になり、自ら腰を振って乱れていたと思う。いつもならしないことまでしてしまった。彼を悦ばせることに躊躇いはなかった。
「見つかって良かった…。」
「うん。」
「これがなくなった時、俺、ほんとはスゲエ不安になった…。」
「そうか…ご免。」
僕には、負い目のようなものがないではなかった。
僕が大切にしていないからなくしたのではないかと、決してそんな風に言葉にして責めはしなかったけれど、進藤はどんなに周りにからかわれても指にしたまま外さなかったのに比べ、僕はチェーンに通してこっそりつけていたにも関わらず、時々は外していたからだ。
「あ、別にお前が悪いんじゃねーって!そういうのじゃないんだ。」
「でも…。」
「アキラ、そうじゃねえの。あれは俺たちが一緒に住むってやっと決めて、この部屋を見つけたばっかりだかったから…なんつーの?あの部屋が出て行くことになって怒っちゃったのかなって。」
「は、あ?…あの、それって…スピリチュアルな話か?」
てっきり、僕の不誠実を寂しく思っていたのかと思っていたのに。進藤は予想外のことを言い出して僕を絶句させた。
「んー…何つーか、ほら!モノも大事に遣い続けると魂が宿るとか言うけど、あの部屋って思い出がいっぱいあったじゃん。」
「……。」
「いっぱいケンカもしたし、いっぱいヤらしいこともした。…あ、碁も打ったけど。そこそこ。」
小さく笑う声が、真夜中の部屋に響く。
「簡単じゃなかっただろ?俺たち。ここに辿り着くまで、いろんなことがあった。お前と取っ組み合いのケンカしたり、同じ部屋にいるのに何時間も口きかないで別々に寝たり…。」
そうだった。
彼に知られたくはないが、僕も進藤に女性の影を感じるだけで嫉妬に胸の内が荒れ狂ったり、八つ当たりをしたり、時には男なのに涙を堪え切れなかったこともあった。
もう二度と修復不可能なんじゃないかという大喧嘩をして、初めて別れを意識したのもあの部屋でだった。
…でも、仲直りをした夜に意識が飛びそうなくらい激しく愛し合ったのも、あの部屋に間違いはなかったのだ。
「あの部屋、きっと僕らの色々を見て来たんだな。」
「そう思うだろ?だから俺、部屋がちょっと指輪、隠したくなったのかなって。妙なこと思ったりしてさ。」
お前が悪いなんて、気持ちが足りないなんて、そんなこと、これっぽっちも思ってないからと、真剣な声音で言われると納得出来た。
「だから俺さ、さっきこの部屋に来る前に昨日まで住んでた部屋の前も、ちゃんと通って来たの。」
「え…本当に?」
「うん、車の中からだったけど遠回りしてもらってさ。そんでお別れを言ってからこっち、来た。」
「そうだったのか…。」
進藤は時々、思いがけないことをして僕を驚かしたり喜ばせたりしてくれるが、彼がそこまで共に過ごしたあの部屋を大事に思っていたと知り…胸がいっぱいになった。
思わず、胸の指輪をぎゅっと握り締めていた。
「この指輪が出て来たってことはさ、荷物を出しちゃえば当然のことだったかもしんないし、そんなことにわざわざ意味を見出さなくてもいいのかもしんないけど…。」
「でも嬉しい。これが見つかった時、思っていた以上に嬉しくて…まるで子どもみたいに飛び上がりそうになったんだ。」
君のように、どんなものにでも心が宿ると謙虚で深い考え方をするとしたら、僕らはあの部屋にも祝福されて見送られたに違いないよ―――
目尻から流れ落ちた一筋の涙を進藤が吸い取り、それから俺も嬉しくてお前のことお姫様抱っこしたくなったと、おどけて言ったのだ。
「―――今夜、夢がひとつ、叶った。」
「夢?」
「そう…アキラのこと好きになってから、俺には夢が出来たんだ。絶対、叶えたい夢。…俺って欲張りだからさ、これはその中のひとつに過ぎないんだけど。」
「こうして一緒に暮らすことか?」
当たり、と。ほとんど唇の上で囁かれる。我慢出来なくて、離れそうになる唇を追いかけて深く合わせたのは、僕の方からだった。
確かにそれが進藤の夢だとしたら、実現までに困難があったことは誰よりも僕が知っている。同居の申し出に何年も首を縦に振らなかったのは僕なのだから。
「はぁ…夢が叶うって…っ…どんな、気持ち?」
甘ったるい口付けの後、息が上がったまま訊ねる。
「迷子になりそうな広い家って、いいな。どの部屋でもエッチ、しような。―――って、そんな感じ?」
「こら、すぐそういうことを!」
「えー、だって次に叶えたい夢もエロいことだもん。今更だろうが。」
「エロいって…。」
「あのさ、耳、貸して。」
別に誰に聞かれている訳でもないのにと思いながら、ああ、もしかしたらこの家にも聞かれたくないほどはしたないことなのかと、何だか可笑しくなる。
耳にかかる息もくすぐったいから、僕は本当に肩をすくめて笑った後で、ようやく進藤に言われた言葉の意味を把握した。
「―――ッ!?そ、それが次に叶えたい…。」
「そう、いいだろ?俺、毎回そうなったらいいなって。だって男同士で全身で愛し合ってるんだもん、そこまで行き着きたいよ。お前に、そうなって欲しいよ。」
「…それは…そういうことは、千差万別なんじゃないか。体の作りも、感じ方も違う…。」
「でも俺はね…お前を抱くたびに、ああ、今夜のセックスが今までで一番悦かったって思って欲しい、そのくらい最高の抱き方をしたいって、思う―――」
その夢をすぐにでも叶えたいと切望するかのように、進藤の手が性急に動き出し、荒れる息が僕の肌のあちこちに火を灯し始めた。
「する、の?」
「こんな幸せな話、いつまでもしてるから。止まらないよ。」
「幸せ…。」
「あ、エロい話の間違いだった。」
「ばか…。」
「お前のこのリングがまたドロドロんなるまで、する。覚悟しろよ。」
「ヒカ………あっ……………ああぁ、っ!」
後はもうただ、たくさんあるらしい叶えたい夢の中のひとつを実現しようと躍起になる彼の情熱に、僕は朝まで翻弄されることになるのだった。
実を言いますと、この話には元ネタがあったのです。
引越し屋のお兄さんから見た、ヒカルとアキラという第三者視点(笑)の短いネタ。
しかし・・・どこにあったのかなあ?探せないのです、とほほ・・・自分でも読み返したいのに(泣)
このページには珍しく壁紙を使用しましたが、ちゃんとリングなんですよv
NOVEL